いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

吾妻ひでおさんの『失踪日記』以降の作品について


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 数日前にブックオフで『失踪日記』が3冊並んでいるのが目に留まって、「そういえば、吾妻さん、最近新しい作品を見かけないなあ……まあ、『失踪』以降は寡作だからな」と思ったんですよね。
 

 今回は、『失踪日記』以降の吾妻さんの作品について、僕が読んだものを挙げておきます。
 本来は『ななこSOS』などの、「オタク(おたく)の代弁者」的な立場にされていた作品についても語るべきなのでしょうけど、僕はその時期の吾妻さんについてはリアルタイムでは知らないし、書くべき人が書いてくれるだろう、とも思うので。


(1)失踪日記
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 もう14年前になるんですね、この作品も。
 いまの世の中であれば、失踪する人も、なんらかの形でスマホとか持っているのだろうか。でも、それを使うとすぐに見つかってしまうだろうし…… 
 吾妻さんが、のちに、この本の内容について、「実際はもっとキツイこともたくさんあったけれど、それを書いたら、マンガにならないから」というような話をされていたのが、けっこう印象に残っています。



(2)うつうつひでお日記
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作品そのものは「失踪日記」とほぼ並行して書かれていた、「日常日記」なのですけど。コマの間に散りばめられている女の子の絵が、なんだかとても不思議な感じ。
内容はまさに「日常日記」で、「起きた、タバコ吸った、ゴハン食べた」の間に、「仕事(=マンガ描き)」のことが語られていて、残りはほとんど本やテレビの感想なのです。これを読んでいて、吾妻さんは本当にたくさん本を読んでおられるのだなあ、とかなり驚きました。それも、マンガもあれば、かなり難しそうなSFもあり。


(3)逃亡日記
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 なんだか上のリンクにある当時の感想を読み返していて、吾妻さんに対してかなり攻撃的なことを書いていることに自分で驚いてしまいました。
 僕自身、周囲の人の酒癖の悪さに消耗していた時期があり、こんな刺々しい言葉になってしまったのではないかと。
 でも、近くにいた人たちは、大変だったと思うよ本当に。



(4)失踪入門
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 この本、吾妻ひでお著、となっていますが、半分以上は、「インタビュアー」のはずの中塚圭骸さんとCOMICリュウ編集長の発言です。
 インタビューというより、鼎談集なんですよね。
 そして、話の内容の多くは、「失踪」に関するものではなく、中塚圭骸さんが「いかにうまく生きられないか」についての半分不幸自慢みたいな話と、SFについての蘊蓄。
 『失踪日記』は面白かったけど、SFとか鬱とかには、あんまり興味がない、という読者には、かなり敷居が高いのではないかと思います。

吾妻ひでお「ギャグをやり続けるってことは、過酷ですよ。同じことを繰りかえしていると自分がまず最初に面白くなくなりますから。自分が面白くないものを、面白いこととして描くなんて辛いだけだし、とはいえ常に新しい面白いことを考え続けるなんて、そんなに長くできない」


 「おたく文化」の旗手のひとりとして、才能を振り絞った吾妻さんにとって、「失踪」以降の人生というのは、余生みたいなものだったのかな、と思うところもあるのです。



(5)実録! あるこーる白書
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 吾妻ひでお西原理恵子月乃光司の3氏による、「アルコール依存症」についての鼎談本。
 「エンタテインメント啓蒙書」と内容紹介にはありますが、このメンバーから期待してしまうほどのエンターテインメント性には乏しく、「極力わかりやすく、実体験をもとに書かれた『アルコール依存症』に対する啓蒙書」という感じでした。

 この本のなかには、鴨志田さんのアルコール依存症時代、西原さんが徹底的にいびられた話も出てきます。
 読んでいて、いたたまれなくなるような話ばかりで、「病気だったと理解しているとはいえ、よく最後は許してあげられたなあ」と。

西原:日本人は死んだ人の悪口言わないような習慣があるでしょ。でもね、ちゃんと言っとかないと後々大変なことになるんですよ。そういえば吉祥寺の公園側で、いつも高田渡さんがニヤニヤ、ニヤニヤお酒を飲んでて、まるでアル中の神様みたいだったんだけど。お葬式のときに、長男さんが「これから父親は伝説になってみんなに語り継がれていくでしょう。みんなに愛された男でした。でも、息子からひとつだけ言わせてください。あいつは最低の人間でした」って。あたし、それ聞いたとき泣きながら「そーそー」と思って……ああいう人たちって、ほんっと外面はいいんですけどね。

 

 「アルコール依存症というのは、どういう病気か?」「身近な人にとっては、どう見えるのか? どんな影響を与えるのか?」
 この息子さんの言葉に、すべてが集約されていると僕は思うのです。
 葬式のとき、こんな悲しい言葉を息子に言わせるなよ……



(6)失踪日記2 アル中病棟
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 吾妻さんの中には、「家族側」であった西原理恵子さんのような、切実な「この病気を知ってもらいたい、そして、ひとりでも患者と家族を救いたい」という情熱はないのかもしれません。
 入院してみて、「こういう人間たちがいる場所」に面白さを感じ、作品にした。
 いや、それが「不真面目なこと」だというわけじゃないんですよ。
 だからこそ、患者側の立場からすれば、世界はこんなふうに見えているんだな、というギャップを痛感することができるのだから。



 69歳というのは、今の日本人の平均寿命からすると、まだそんな年齢じゃないのに、という感じではありますが、吾妻さんのこれまでの人生を考えると、ここまでよくたどり着いて、『失踪日記』などの作品を遺してくれたものだな、という気もします。

 吾妻さん、本当におつかれさまでした。


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