いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

ディープインパクトがいなくなった世界の片隅で


race.sanspo.com


 先日、キングカメハメハ種牡馬引退が発表され、日本の種牡馬も世代交代が進んでいくのだなあ、と感慨深いものがありました。
 ディープインパクトも、今年は腰の状態が悪いということで、3月末から種付けを中止して来年に備える、と発表されていたんですよね。
 種牡馬引退の可能性は考えていましたが、まさか、急逝してしまうとは。
 急逝というか、頚椎の怪我で、回復の見込みがない、ということで安楽死の措置がとられたそうなのですが、これだけの実績と多くの人の思い入れがある馬に、その措置を取るというのは、関係者は断腸の思いだったはず。あのディープインパクトであっても、むやみに延命治療を続けるわけではないのだな、とも感じたのです。いや、あのディープインパクトだからこそ、回復の見込みがないのに苦しんでいる姿を見せないようにしたのだろうか。

 僕は競馬歴30年くらいになるのですが、最初に見た三冠馬ナリタブライアンでした。
 杉本清さんの「弟は大丈夫だ」という実況は今でも忘れられません。直線でぶっちぎっていったナリタブライアンに「大丈夫すぎるだろ!」と思ったものです。

 2002(平成14)年に生まれ、2005年にデビューしたディープインパクトでしたが、僕がその存在を最初に認識したのは、3歳の若駒Sでした。
 単勝1.1か1.2倍という断然人気に対して、まだ1戦1勝の3歳馬がこんな一本被りの人気になっているなんて買いかぶりすぎだろ、この馬以外の単勝が美味しいはず!と馬券を握って佐世保ハウステンボスのWINSでレースをみていたのです。
 スタートして、後ろのほうに待機しているディープインパクト。ほらほら、届かないよこれ。
 ところが、武豊が仕掛けると、ディープインパクトは前を走っている馬たちを並ぶ間もなく交わし、直線では後続を突き放して快勝したのです。強いわこれは。

 そして、三冠ロード緒戦の皐月賞。僕はディープインパクトのレースのなかで、このレースがいちばん衝撃的でした。


第65回皐月賞 ディープインパクト

 スタートでつまづき、出遅れてしまったディープインパクト
 この時点で、僕は「あちゃー……」と、馬券を放り投げる体勢に入っていました。
 G1で、小回りの中山で、この出遅れは致命的だ……と思ったのです。
 その約2分後、涼しい顔で中山の直線を後続を引き離して快勝したディープインパクトに、心底驚きました。
 何これ、本当に馬?
 ちなみに、ディープインパクトはものすごく強かったのですが、2着には微妙な人気の馬を連れてくることが多かったんですよね。


 ディープインパクトは、本当に強かった。
 3歳時の有馬記念では、まさかの先行策をとったルメール騎手のハーツクライに届かずに2着に敗れましたが、負けたのは、このレースと凱旋門賞だけでした。あの凱旋門賞も、なぜか先行してしまう形になってしまいながらも僅差の3着だったので、展開に恵まれれば勝てていたのではないか、と今でも思います。結果的に禁止薬物で失格になったのは苦い記憶だけれども。

 今の時代は、競走馬も距離適性の専門化が進んで、春の天皇賞の3200mは「王道」ではなくなっています。
 ところがディープは、2000mから3200mまで幅広い距離で勝ち、休み明けでも海外遠征明けでも道悪でも勝ちつづけました。
 ただ、当時の僕はディープインパクト武豊というコンビのまばゆさが苦手で、今度こそ負けないかなあ、って、ずっと思っていた記憶があります。
 それでいて、馬券から外したことは一度もないし、たまにとんでもない馬を2着に連れてきて僕を泣かせることはあったものの、多くの競馬ファンに「とりあえず馬券を当てる喜び」をもたらしてくれた馬でもあったのです。
 日本では、現役で活躍した馬が、必ずしも種牡馬としてうまくいくわけではないのだけれど、ディープは、種牡馬としても素晴らしい実績を残し、5頭のダービー馬を生み出しました。

 そういえば、僕は一度、社台ファームに見学に行ったことがあって、種牡馬になったディープインパクトに会っているんですよね。
 ああ、これがあのディープインパクトか……何百億円もの価値があるんだよなあ、すごいなあ……そんな印象しかなくて、申し訳ないのですが。

 ディープインパクトというのは、僕が知っているかぎり、最後の「どんな条件でも強い絶対王者(1200mやマイル戦は走らなかったけれど、たぶん強かったと思う)」でした。そんな馬でも「全勝」ではなかったことが、競馬の難しさでもあり、面白さでありました。

 いつか、ディープインパクトは、ディープインパクトを超える仔をつくって、また歴史をかえ、凱旋門賞を制するのではないか、と期待もしていたのです。
 もちろん、いま現役の馬たちや、これから生まれてくるディープの仔に、その可能性は残されているわけだけれど。

 あらためて考えてみると、日本で活躍した馬で、これほど現役時代、種牡馬時代ともにナンバーワンだった馬は空前絶後なんですよね。
 シンザンも、ミスターシービーも、ナリタブライアンも、種牡馬としてはディープには遠く及ばない。オルフェーヴルも……頑張れ!

 僕は、もう少し長生きしてもらいたかった、と思うのと同時に、ディープインパクトが、競走馬として、種牡馬として最高の実績を残して、栄光に包まれて去っていくことに、ただ瞑目して、ひとりの競馬ファンとして、ディープインパクトの時代を最初から最後まで見届けることができたことの幸運を噛みしめてもいるのです。
 

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