いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「人は、信じたいものを信じる」ようにできている。


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 なぜ人は、こういう、いかにも怪しそうな治療器具や民間療法や風説、新興宗教などを信じてしまうのか?
 バカだから引っかかるんだろう、そう断じていた時期が僕にもありました。
 でも、こうして年を重ねていけばいくほど、わからなくなってきているのです。


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 どう考えても、僕よりずっと賢明である人、それぞれの世界で偉大な業績を残した人たちが、怪しげな民間療法に頼って、おそらく余命を短くしてしまったことを、どう説明すれば良いのだろうか。

 スティーブ・ジョブズ米原万里さん、さくらももこさんといった、賢明であり、科学的な根拠やデータに基づいたアドバイスをしてくれる人が大勢いたであろう人たちでさえも、標準治療(癌に対して専門学会などで推奨されている、もっとも効果が期待できる治療)を受け入れずに、「もっと良い治療法、自分に効くやりかた」を求めて迷走しているのです。


 実際にその立場になってみると「バカだから」では済まされない、済ませてはいけない部分もあるんですよね。
 
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 僕はこの本の最初に載せられているコラムを読んで、「愚かだから、そんな民間療法に引っかかるんだ」と考えていた自分が恥ずかしくなりました。
「医療以外のものを試したくなる気持ち」と題されたそのコラムでは、著者が中学生の頃、お母さんが大病を患った際に、怪しげな健康食品を試していたことが語られていたのです。
 中学生だった著者の、そんな「わけのわかないもの」に頼りはじめたお母さんへの違和感と、家族の一員として自分はどうふるまうべきか、という迷いが率直につづられた文章に、僕はすごく共感したのです。
 僕自身、高校時代に母親が大病をした際に、医者であった父親が「これが効くらしい」と、当時話題になっていた(らしい)アガリクスを飲ませているのをみて、「医者のくせに、なんでそんなわけのわからなものに頼ろうとするんだ、それより、夫としてもっと早く妻の病気を見つけてあげるべきだったんじゃないのか?」と強く反発した経験があります。
(父親の名誉のために申し添えておくと、母は当時の最先端の(エビデンスのある)治療も並行して受けており、予想されたよりもずっと長く生きました)

 こういう本って、「愚者の間違いを正してやる」っていうスタンスが伝わってくるものが多いじゃないですか。
 それに対して、NATROMさんが、この話を冒頭に持ってきたことには、すごく意味があると思うのです。
 医者として、科学者として、専門家としての立場は、崩すわけにもいかないし、「共感するだけ」の本ではいけない。
 「病気で苦しんでいる人や、その家族」を、「お前らは科学のこともわからないバカ」と嘲るのではなく、「病気で苦しんでいるときに、『ニセ医学』にすがりたくなる気持ちは、別に悪いことでも、ヘンなことでもない。だからこそ、病気が身近なものになる前に、正しい知識に触れて、心の準備をしておいてほしい」という、「共感」と「同じ目線の高さ」が、この本では貫かれています。
 
 「バカだから騙される」のではなくて、「本当に苦しいときは、誰だって、騙されてもおかしくない」。


 これは、多くの人にとって、共感できる状況ではないかと思うのです。


 しかしながら、最近のネット、特にTwitterでの政治をめぐっての争いをみていると、「人というのは、病気や孤独で心が弱っていなくても、けっこう簡単に人は信じてしまう、あるいは、党派性に取り込まれてしまう、ということを痛感せずにはいられないのです。
 

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この『ルポ 人は科学が苦手 アメリカ「科学不信」の現場から』(三井誠著・光文社新書)という本を読んで、僕はいろんなことが「腑に落ちた」ような気がしました。

なぜ、「賢い」はずの人たちが、そんなバカげたものを信じるのか?

アメリカのギャラップ社は、2010年から2015年にかけて、全米の6000人以上にインタビューし、温暖化に対する考え方と学歴との関係を調べたのです。

地球温暖化は自然の変動によるものだ」と回答した人の割合を比べると、高校卒業までの人の割合は民主党支持者のなかでは35%に対し、共和党支持者のなかでは54%と、差は19ポイントだった。
一方、大学を卒業した人では民主党支持者の13%に対し、共和党支持者は66%と差が53ポイントにまで広がってしまった。

素朴な教育観によれば、勉強をすればするほど「正しい」理解に結び付き、誤解は解消し、わかり合えると思う。
しかし、現実では学歴が高い人ほど支持する政党の違いに応じて、お互いの考え方の違いが際立つようになるのだ。

「人は自分の主義や考え方に一致する知識を吸収する傾向があるので、知識が増えると考え方が極端になる」
地球温暖化やワクチンの安全性など科学に関するコミュニケーションの研究で知られるエール大学(北東部コネチカット州)のダン・カハン教授(心理学)はそう分析する。
まさに、「人は、自分が信じたいものを信じる」のです。


 高偏差値の有名大学を出ているからといって、「何を信じるか」を判断できるわけではない。
 高等教育が、「自分が信じたいもの」を信じるための理論武装を強化するだけになることも多いのです。

 それに、世の中で、「あの人たちはおかしい」と言われるような集団に属することは、多数派からみれば「常識からの離脱」なのだけれど、当事者たちにとっては「これまでの孤独な状況から、仲間を得ることができた」ということもあります。

 
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 これは、「エホバの証人」の元信者が書いた本なのですが、そのなかで、著者は「信者であることのメリット」についても触れています。
 各地域にコミュニティがあって、引っ越しをしても(海外でさえも)、「仲間」が必ずいること。
 信者の家族ぐるみでの付き合いはさかんで、いろんな家庭の様子をみたり、子どもの頃から、大人と接すること。
そして、子どもの頃から教会で多くの人の前で話をするので、「プレゼンテーション能力が高くなった」というのも、やや苦笑まじりに語っておられます。
 そのかわり、信者以外と深く関わる機会が少ないため、「抜ける」となると、ひとりぼっちになってしまうというリスクを背負うこともあります。
 著者は、自分が『エホバの証人』を抜けたあと、周囲の人や自分が教化してきた人々も説得しようとするのですが、すべてがうまくいったわけではありません。
 家族も友達もみんな信者、というある程度年をとった人を、いまさらそのコミュニティから引きはがすようなことをするべきなのか?
 著者は「相手の状況をみて、強く説得しない場合もあった」そうです。

 ある人がカルト宗教の信者になるか、ならないかというのは、まさに「紙一重」というか、ちょっとしたタイミングの違いが大きいのではないかと思うのです。
 著者のお母さんだって、住み慣れた日本で生活していれば、たぶん、「普通の人生」をおくっていたし、宗教的なものに興味を持ったとしても、こんな形になはらなかったのではないでしょうか。
 そして、これと同じことは、どこの家庭にでも起こりうることなんですよ、たぶん。


 突き詰めていけば、自分が本当に正気なのかどうか、正気とは何か、というのも僕にはうまく説明できる自信がない。
 冒頭のエントリの怪しげな電気治療機器みたいなものは、売る側に問題があるのはもちろんですが、「効いたような気がする」人が一定数以上いるのであれば、強制的に排除するのも難しいのです。
 そんなものにお金を使って、と家族としては思うけれど。


「何かを信じたいモードに入っている人」をそこから抜け出させるというのは、大変に難しい。
 カウンセラーなどの専門家に相談してみる、あるいは、認知症などの可能性を疑って病院を受診してみる、という手もありますが、本人に病識がなければ、どうしようもないことが多いのです。

 
「信じたい人」をどうすればいいのか?
 正直、僕にはよくわからない。年々、わからなくなってきている。
 せめて、若いうちに、「人は、自分はけっこう簡単にいろんなものを信じてしまう」ということを知っておいてほしい。
 AKB商法だって、高級ファッションブランドだって、興味がない人からすれば「信仰」みたいなものだし。 
 いざとなったら、それも本人の「愚行権」だと受け入れて、自分に累が及びそうなら縁を切るというのが、いちばんの避難方法なのかもしれません。
 本当は「信じたい人をカモにする商売」が無くなってくれれば、それがいちばんなのだろうけれど、人は、何も信じずに生きられるほど強くはない、とも思う。


ドアの向こうのカルト ---9歳から35歳まで過ごしたエホバの証人の記録

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