いつか電池がきれるまで

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「読まれなくなった」三島由紀夫さんと、「読まれている」星新一さんの話

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 三島さんの作品は、大きな書店に行けば、文庫でひととおり揃っていますし、夏目漱石太宰治に比べたら「読まれていない」かもしれませんが、それは、「教科書に小説が乗っている=読んだことがある」とカウントされているのも大きいのではないかと。
 あと、夏目漱石さんには『坊ちゃん』『こころ』という、教科書に載っていて、読みやすいビギナー向けの作品(太宰なら『走れメロス』『人間失格』)が定番化しているのですが、三島さんの場合は、そういう「まずはここから」みたいなものが固定されていない印象があります。『仮面の告白』『金閣寺』『潮騒』あたりが有名な作品ということになるのですが、いずれも、そんなに読みやすくはない。

 ただ、僕が学生だった頃(いまから30年くらい前)も、三島さんは知名度のわりにあまり読まれていない作家、という印象はありました。その理由として、自衛隊に乗り込んでいって割腹自殺した右翼の人、という「作品以前に、作家の人格、行動のイメージが強すぎて敬遠されていた」というのが大きかったような気がします。
 日本の作家のなかで、いちばんノーベル文学賞に近い、なんて言われていたらしいんですけどね。
 僕が高校の頃に村上春樹さんの『ノルウェイの森』が大ベストセラーになっていて、僕は「大学生って、こんなに毎晩ナンパとかして女の子と寝るような生活をしているのか!」と衝撃を受けたのをよく覚えています。まったくそんなことないじゃねえかワタナベ!
 時代からすれば、いまの中高生にとっての『ノルウェイの森』って、僕にとっての学生時代の三島由紀夫作品と同じくらいの「時間的な距離」があるんですよね。

 三島由紀夫さんが読まれなくなった、という話を読みながら、僕は、星新一さんのことを思い出さずにはいられなかったのです。
 ショートショートの名手にして、日本のショートショートをひとりではじめて、ひとりで終わらせてしまった人。
 星新一さんの作品は、いまでも地方のロードサイドの書店(だいぶ減りましたけど)の文庫コーナーに、たくさん置かれていますし、学校の図書館でも、本好きなら、誰もが一度は手に取る作家だと思います。


 三島由紀夫さんが生まれたのは1925年1月14日 で、割腹自殺で亡くなったのが1970年11月25日でした。
 星新一さんは、1926年9月6日に生まれて、 1997年12月30日に亡くなられています。
 このふたりは、同年代に生まれて、文学的には三島さんが高く評価されているけれど、長く生きたということやイデオロギー的な抵抗感が少なかったこと、「時代の固有名詞を描くのではなくて、なるべく普遍的な内容を書こうと意識してきたこと」もあって、星新一さんのほうが、長い間、広い範囲の人に読まれている、とは言えそうです。

 
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 この本、2007年に最相葉月さんが書かれたものなのですが、星さんは、数多くの作品を上梓し、ベストセラー作家として君臨してきたにもかかわらず、ショートショートが中心であったのと、SFというジャンルであったために、文学賞などで文壇から評価される機会は乏しく、「代表作がない」ことに誇りと悩みを持っていたように感じられます。三島さんのように、作品以外のところで「キャラクターが立ってしまう」こともありませんでした。
 実際は、お父さんがつくった星製薬の経営に行き詰まり、その整理に大変な苦労をするなど、ドラマチックな人生を送ってきた人ではあるのですが、だからこそ、自分自身をあえて消したような作風を貫いたのかもしれません。
(ただし、お父さんのことや星製薬の話などは作品として残していて、これもすごく面白いのです)


fujipon.hatenadiary.com


 星さんは、自分の作品が古びないようになるべく固有名詞は使わないようにしたり、生前は、過去の作品が時代遅れにならないように、しばしば手を入れていたそうです。
 三島由紀夫さんの作品が「その時代」を「あの三島由紀夫が」書いていたからこそ、熱狂的に読まれていた時代があったのに対して、ほとんど同じ時代に生まれた星さんが、多少の減衰はありながらも、コンスタントに読まれているのには、理由があるのです。
 未来を「予言」したかのような作品も、少なからずあります。
 そんな星さんでも、晩年には、「文学賞も世間的な名声も要らない」はずだったのに、「なんで僕には直木賞くれなかったんだろうなあ」と述懐していたという話を読むと、せつなくなってしまいます。
 人は、日頃「いらない」と口にしているものこそ、本当は、いちばん欲しいのかもしれない。


 1934年生まれの筒井康隆さんが、その「時代」のことを書いてきたにもかかわらず、純文学の世界でも、エンターテインメントとしても高く評価されていることを考えると(直木賞は獲れなかったけれど)、1920年代半ば生まれは、激動の時代の直撃を受けて、その時代のことは、後世からはとっつきにくくなってしまった可能性もあるし、星さんは、もっといろんなジャンルの作品が書けた人ではないか、とも思うのです。
 しかし、作品は読まれなくても、その行動は語り継がれている三島由紀夫さんは、ものすごく現代的な「作家」でもありますよね。


金閣寺

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ボッコちゃん(新潮文庫)

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星新一〈上〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫)

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星新一〈下〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫)

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筒井康隆入門 (星海社新書)

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