いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「ブロガー」という業の深い人間のひとりとして、hagexさんの事件に感じていること


昨夜、ワールドカップの日本戦を観ながら、考えていました。
hagexさんは、この試合を観るつもりだったのだろうか。
いつかブログで見たように、生ビールのジョッキをたくさん並べて、中洲の夜を堪能する予定だったのだろうか。


僕はhagexさんに直接の面識はないし、ネットでのやりとりといっても、お互いのエントリに言及したり、ブックマークしたりすることがあった、という程度です。
僕が「ネットウォッチャー」をあまり好きでなかったこともあり(僕自身も、他者からみれば「ネットウォッチャー」のひとりなのかもしれませんが)、hagexさんが起点となって生じる「ネットリンチ」の尻馬に乗らないように気をつけていました。


anond.hatelabo.jp


hagexさんが自覚してやっていたかどうかはわかりませんが(僕は「ある程度意識してやっていた」と思っています)、hagexさんが採りあげ、綿密な情報網で証拠を挙げて告発することにより、多くの人たちが、ネットで炎上することになりました。


僕は「自業自得」だとは思わない。どんな理由であっても、発した言葉が理由で命を奪われてはならない。
ただ、「たかがネットでバカにされたくらいで」とか「hagexさんが投下するのは、きれいな燃料」みたいな言葉を無防備に掲げている人たちをみると、価値観の断絶を感じるのです。


世の中には現実に居場所がなくて、ネットが重要な生存圏である人が少なからずいるし、ネットでの炎上というのは、燃やされる立場になってみると、ものすごく追い詰められた気持ちになることがある。
近所の噂話や人間関係のトラブルであれば、物理的に離れることで落ち着く可能性もある。
でも、ネットでのトラブルというのは、現代であれば、世界中どこにでもついてくる。自分のポケットのスマートフォンが、ずっと燃え続けているのだから。
「ネットリンチじゃないよ、個々の人たちの自由意志で、それぞれの意見を述べているだけで、相談してやっているわけじゃない」
 それは、あなたにとっては、そうなのだと思うよ。でも、やられる側としては、軍隊蟻の群れに襲われながら「一匹一匹ちゃんと向き合え」と言われているようなものなのです。


hagexさんは、基本的に「ネット強者」に向かってスイッチを押すことが多かったのは事実だと思います。
そして、ユーモアのセンスがあって、相手を徹底的に追い詰めようとまではしない人でした。


でも、「面白半分」で採りあげられ、炎上させられることへの耐性は、人それぞれです。


僕は、最初にこの話を読んだとき、反社会勢力による見せしめなのか、と思いましたが、そうではないようです。


今回起こったことは、現代的な「ホームグロウンテロリズム」のひとつの形なのではないか、と思うのです。
fujipon.hatenadiary.com

 生まれた国では疎外され、両親の母国は自分にとっては「行ったこともない国」でしかありません。
 いまの僕からみると、「なんでイスラム国に……」と考えてしまうのですが、彼らの立場だと、そういう選択をしてしまう気持ちも、わからなくはない。
 そういう「若者らしい動機」でも、「イスラム国」に渡ってしまえば、そう簡単に脱出するわけにはいかない。

 渡航歴にかかわらず、欧米社会に生まれ、そこで過激思想に傾倒し、祖国を標的とするテロリストたちは、「ホームグロウン・テロリスト(自国生まれのテロリスト)」と呼ばれる。欧米各国がいま、もっとも恐れるテロリストたちだ。

 疎外感がテロリストを育て、彼らがテロを行なうことによって、イスラム教徒への差別感情がさらに高まっていく。
 イスラム教徒のなかで、過激派はごく一部なのに、憎しみはどんどん増幅されていく。


 今回の事件は宗教的な動機ではなさそうです。
 でも、「自分の居場所を失ってしまった人」が、ネットで自分をバカにしていた人々に憎悪をつのらせ、復讐をする、という点では似ています。
 秋葉原では無差別に行われたことが、今回は、近くにやってきた「ネット有名人」に向かうことになってしまった。
 もし、今回実行できなければ、『はてな』の本社が襲われたのではなかろうか。


 過激派の組織は、宗教的な背景よりも、「死にたいという願望を持っている人」を最優先のリクルート対象としているのです。
 もともと「死にたい」という人に「どうせ死ぬのなら、宗教的な大義に殉じたほうが有意義だよ」と誘導していったほうが、「敬虔な信者に自爆テロを行わせる」よりも、はるかに手っ取り早いのだとか。


fujipon.hatenablog.com


 僕は長年、20年近くネットで発信を続けているのですが、「顔も名前も知らない人と、ある日突然つながりを持てるのがネットの魅力」だと思っていました。
 しかしながら、ネットで書き続けていくうちに、わかってきたのです。
「つながることができるのは、こちらにとって都合の良い人ばかりではない」ということに。
 とくに、社会での出来事や政治などに対する意見を発信している場合には、そのリスクは顕著でした。
 さらに、「ファン」だからということで、いきなり距離を近づけようとしたり、自分が気に入らないことが書かれていると「あなたがそんな人だとは思わなかった」と急に攻撃的になって、嘘を言いふらしたりする人もいました。
 書いたことに対する恫喝や脅迫、嘲笑も少なからず受けています。
 それでも続けてこられたのは、僕なりに「匿名」であることからはみ出さなかったのと、やっぱり、こうして書くことが好きでたまらなかったからだと思うのです。他にできることもないんだ。
 僕は、自分自身に関しては、これで何かトラブルに巻き込まれたら、そういう人生だったと受け入れる覚悟はしています。
 本当にそういう状況になったら、どうなるか自信はないけれど。
 ただ、もしも自分の家族が傷つけられるようなことがあれば、と想像すると、もう潮時かもしれない、とも考えてしまうのです。


fujipon.hatenablog.com


 法とか警察はもちろん最後の砦みたいなものだけれど、今、自分にナイフが突きつけられている状態では、法も警察も間に合わない。
 命を落としてから、犯人が死刑になったとしても、「せめてもの慰め」くらいにしかなりません。
 
 この事件に関するエントリへのブックマークコメントをみていると、みんな、世の中には「話が通じる」「自分と常識を共有できる」人だけが生きていると思っているのだろうか、と感じるんですよ。
 僕は仕事柄、いろんな人と会うのですが、「通じない人」「全部相手のせいだと感じてしまう人」って、本当にいるんです。
 そして、ネットでより大声をあげて、多くの人に伝えようとすればするほど、「つながるリスクが高い人や組織」と接続されてしまうのです。
 初期からのネット民としてTwitterの「フォロー外から失礼します」という文化にはすごく違和感があったのだけれど、あれはまさに「現代のネットでのリスクマネジメントのあらわれ」なのかもしれません。


 hagexさんは、僕よりもずっと、そういうことを知っていた人のはずです。
 だから、匿名での活動を続けてきた。
 でも、40歳をこえて、自分の人生とか残り時間、みたいなものを考えたときに、人生一度きりだし、リスクがあっても、攻めてみよう、と決意したのではなかろうか。
 それは別に悪いことでもなんでもなくて、可能性とリスクは、背中合わせです。
 自分を知ってもらうためには、オープンな雰囲気のセミナーで、参加者と親密にしたほうがいい。
 新幹線で飛行機のように荷物チェックが行われるようになったら、駅に行ってすぐに乗れる、という大きな価値が失われてしまう。
 そのうち、もっと簡単にいろんなチェックができるようになるかもしれませんが、現時点では、危機管理のためには、利便性が損なわれてしまいます。


fujipon.hatenablog.com


 どうすれば、こんなことにならずに済んだのか、と考えると、「何も発信しなければよかった」としか言いようがないのです。
 不特定多数に対してアピールし、支持を広げるためには、リスクを避けては通れない。
 政治家だって、演説会では、リスクを意識しています。日本は銃社会じゃないだけマシかもしれないけれど。


www.kotobato.jp


 hagexさんには、hagexさんの「正義」があったのだろうか?
 その正義のために、世の中を良くするために、あえて扇動家としてふるまっていたのだろうか?
 もちろん、お金のこともあったとは思うんですよ。
 でも、hagexさんのエントリの中には、あんまりお金やPVにはつながりそうもない、良心や遊び心を感じるものも少なからずありました。
 そういうカオスなところも含めて、ネットや世界が好きな人だったのだろうな。
 それはたぶん、ネットで発信している人たちの多くがそんな感じで、お金のため、娯楽のため、自分が求める正義のため、いろんな要素が入り混じって、コンテンツが積み上げられているのです。

 
 個人的には「僭越ではあるけれど、これは他人事とは思えない」という実感があります。僕も自分の正義というか、けっこう身勝手な「義憤」を公開することによって、かなりの数の人に嫌われたり恨まれたりしているだろうし。
 「ネットリンチ」に加担している有象無象の人たちが、「これはhagexさんの事件だ」と自分と切り離して考えているように、僕にはみえているんですよ。
 はてなブックマークでコメントを書いているようなユーザーにとっては、地続きの出来事のはずなのに。


「謹んでご冥福をお祈りします」
 正直、僕にはまだ実感がわいていなくて、今の時点でそんな言葉を口にするのが、なんだかそらぞらしいのです。
 ああ、hagexさんは、もう生ビール飲めないんだな……というくらいの欠落感があるだけです。


 数多くのブロガーたちが、次々に追悼のエントリやこの事件についての意見を書いているのをみて、「ブロガーっていうのは、なんて因果な人たちなんだ……」と唖然としていました。
 でも、僕もやっぱり、少し離れたところにいた人間として、自分に書けることを書き残しておきます。
 業を背負った「ブロガー」のひとりとして。
 たぶん、こうして「ネタにする」ことだけが、hagexさんに対して僕ができる唯一の悼みの儀式ではないかと思うので。

 
delete-all.hatenablog.com
fujipon.hatenadiary.com

ネット炎上の研究

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ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち (光文社新書)

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