いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「アルコール依存」について、知りたいけれど知るのが怖い人への7冊の本


だいぶ春らしくなってきました。
3月から4月というのは、別れや出会い、環境の変化が多い月でもあり、お酒を飲む機会も多くなりがちです。
先日、エッセイスト・小田嶋隆さんの『上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白』を読んで、「お酒との付き合いかた」を考えていたのです。
僕自身はアルコールは嫌いじゃない、というかたぶん好きなのだけれど、自分の父親が飲んで帰ってくるのがつらかった記憶がずっと残っていて、それがなんとか「歯止め」になっているような感じです。
今回は、「アルコール依存」について描かれた本を7冊紹介してみます。
自分はアルコールとうまく付き合えている、と自信を持っている人、アルコールに関して問題行動のある家族を抱えている人には、ぜひ読んでみていただきたいと思いつつ書きました。



(1)失踪日記
fujipon.hatenadiary.com
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 2005年の『失踪日記』への感想を読むと、われながら「素っ気ないなあ」なんて思ってしまうのですが、この『失踪日記』が、日本の「アルコール依存症啓蒙作品」を切り開いたのだと思います。
 それまでは、精神科医が書いた専門書か、「文芸作品」か、ある意味「純粋な人が陥る病として美化して」描かれたアルコール依存症の人が主流というか、「みんな知っているし、困っている依存症なのだけれど、他人には隠したくなる病」が、これをきっかけにして「笑いにしても良いのだ」という語りやすい空気になったことも事実なんですよね。
 ただ、「病気の話でも、面白く書いてくれないと読まないよ」っていう読者側のハードルを上げてしまった面もあるのかも。



(2)西原理恵子の「あなたがいたから」
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 西原理恵子さんと鴨志田穣さん。
僕が知っているふたりの関係の大部分は、「マンガ家・西原理恵子によって描かれたもの」です。
ふたりの知名度というか、売れかたからいっても、そういう「サイバラ側」からしか見ていない人は多いはず。
最初は仲が良くて、2人の子どもにも恵まれたけれど、鴨志田さんのアルコール依存によって家庭はボロボロとなり、離婚。
しかしながら、西原さんをはじめとする家族の支えもあって、鴨志田さんはアルコール依存をなんとかコントロールできるようになり、家族のもとに帰ってきて、安らかに亡くなられた。

「事実」はこの通りなのでしょう。
そして、鴨志田さんが書かれたものをけっこう読んでいる僕も、こういう「大変な男と結ばれてしまった西原理恵子の苦難」みたいな面ばかり想像していました。
鴨志田さん自身の著書にも、「アルコールがやめられないダメな自分」と「妻や家族への申し訳ない気持ち」しか書かれていませんし。

でも、この「あなたがいたから」は、良くも悪くも「第三者」によってつくられた番組です。
だからこそ、当事者どうしには近すぎて見えなかった「ふたりの関係」が伝わってくるところがあるのです。



(3)実録!あるこーる白書
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西原理恵子日本人は死んだ人の悪口言わないような習慣があるでしょ。でもね、ちゃんと言っとかないと後々大変なことになるんですよ。そういえば吉祥寺の公園側で、いつも高田渡さんがニヤニヤ、ニヤニヤお酒を飲んでて、まるでアル中の神様みたいだったんだけど。お葬式のときに、長男さんが「これから父親は伝説になってみんなに語り継がれていくでしょう。みんなに愛された男でした。でも、息子からひとつだけ言わせてください。あいつは最低の人間でした」って。あたし、それ聞いたとき泣きながら「そーそー」と思って……ああいう人たちって、ほんっと外面はいいんですけどね。

アルコール依存症というのは、どういう病気か?」「身近な人にとっては、どう見えるのか? どんな影響を与えるのか?」
この息子さんの言葉に、すべてが集約されていると僕は思うのです。
葬式のとき、こんな悲しい言葉を息子に言わせるなよ……
これを言わずにはいられなかった心境を想像するだけで、僕も涙が出ます。



(4)アル中ワンダーランド
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 中島らもさん、吾妻ひでおさん、小田嶋隆さんなど、アルコール依存を抱えつつ「創作」に関わっている人たちは、みんな「ものをつくるということに、あまりに真摯すぎる」ところがあるのです。
 お酒を飲まないとアイディアが出ないって、やっぱり「病んでいる」じゃないですか。
 本人もわかっているはずなのに、目の前に仕事があって、締め切りがあって、読者の期待みたいなものがあれば、「ドーピング」してしまうのが創作者なのかな。
 彼らは困った人々で、自分のアルコール体験を、面白おかしく作品に昇華してしまうこともあります。
 それで、「ああ、アルコールって怖い」と感じる人もいれば、その「破滅していく美」みたいなものに、憧れてしまう人もいるわけで。



(5)らも―中島らもとの三十五年
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 僕が大好きな作家、中島らもさん。妻の美代子さんが、らもさんとお酒について、「愛人」とやりとりする場面を読むと、「あなたのためを思って」って、何が正解なんだろうなあ、と考え込んでしまいます。
 アルコールにもドラッグにも無縁の中島らもというのは、ちょっと想像がつかないのだけれど、そういうイメージこそが、らもさんに「中島らも」を演じさせていたのかもしれないし。



(6)酔うと化け物になる父がつらい
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 ここで紹介したなかで、いちばん「普通のアルコール依存症患者とその家族」が描かれている本だと思います。
 その人が、自分の家族だった場合には、どうすれば良いのか?
 それでも、「家族だから」自分を犠牲にして、なんとか助け出そうとしなければならないのか?
 アルコール依存症は、本人に治療の意志がないと、専門的な治療は受けられないことがほとんどなのですが、本人は「自分はどこにでもいる酒好き」だと思っているし、家族も「酒好きって、こんなものなのだろう」とか、「治療させようとして大きなトラブルになるよりは、とりあえず酒を飲ませて、問題を先送りしたい」とか、考えてしまう。
 
 「とりあえず、これは自分だけに起こっていることではないのだ」
 それを知ることができるだけで、物事を客観的に見られるところはある。
 そこから先に、模範解答は、無い。



(7)上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白
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 今回、このエントリを書こうと思ったのは、この本を読んだことがきっかけでした。
 小田嶋さんは、自らの体験を通して、身内の困惑や苦悩に対して、外部からは「悩みがあったに違いない」「純粋な人だ」とか「アーティストはそういう『破滅型』になりがちなもの」なんて美化されがちなことに異論を唱えています。

 なんでアル中になっちゃうんでしょうね? 私もさんざん訊かれました。みんな理由を欲しがるんですよ。その説明を欲しがる文脈で、アル中になった人たちは、「仕事のストレスが」とか、「離婚したときのなんとかのショックが」とか、いろんなことを言うんです。
 だけど、私の経験からして、そのテのお話は要するに後付けの弁解です。
失踪日記2〜アル中病棟』の吾妻ひでおさんも言ってました。アルコホリックス・アノマニス(AA)の集会や断酒会など、両方に顔出して、いろんな人のケースを聞いたけど、結局さしたる理由はないことがわかった、と。「こういう理由で飲んだ」とこじつけているだけで、実は話は逆。
 まず、飲んじゃった、ということがある。
 飲んじゃったから、失業した、飲み過ぎたから離婚した、飲んだおかげで借金がこれだけできたよ、というふうに話ができていくのです。
 ではなぜ飲んだんですか、という問いには、実は答えがない。
 世の中で、アル中の話がドラマになったり物語として書かれるときに、やっぱり理屈がついていないと気持ちが悪い。止むに止まれぬ理由がないとドラマが成立しにくい。だから、飲むための理由を補った形で物語がつくられるわけです。
 だからあれウソ、だと思う。
 実際の話、嫌なことあって酒飲むとすっかり忘れられるかというと、そんなことはありません。あたりまえの話です。むしろ、飲み過ぎちゃったってことが逆に酒を飲む理由になる。あるいは、お酒がない、入っていないと、正常な思考ができない、シラフだとイライラしてあらゆることが手につかなくなる、そういう発想になっていくから飲む。
 アル中になる前に飲んだ理由は、別に普通の人が飲む理由とそんなに変わりません。なんとなく習慣で飲んでました、仕事が終わって一区切りで飲んでました。その程度のものです。


 これは重要な指摘だと思うんですよ。
 深い苦悩や事情がなくても、人は、アルコールに取りつかれてしまう。
 もちろん、環境というものの影響は大きいのですが、実際のところは、その「悪い環境」をアルコールで作り出しているにもかかわらず、そこで生じるストレスをさらにアルコールで解消しようとして泥沼にはまってしまうのです。
 小田嶋さんは、このエッセイのなかで、アルコールが創作に有効かどうかにも疑念を呈していて、赤塚不二夫さんなど、アルコール依存(的)で有名だったクリエイターたちが、実際には、その生涯で高く評価された仕事の多くを「アル中になる前」に済ませていたことを紹介しています。


 心が純粋じゃなくても、深い苦悩に陥っていなくても、人は「アル中」になるのです。
 なんとなく飲みたいなあ、を繰り返しているうちに、一定の割合で。
 だからこそ、お酒との付き合い方には、気をつけるに越したことはありません。
 飲み会の機会や環境の変化が多い、この時期でもありますから。

 

ギャンブル依存症 (角川新書)

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