「それこそが小野の本懐だからな、井伊に嫌われ、井伊の仇となる。おそらく、私はこのために生まれてきたのだ」
油断しておった……
あの「嫌われ松子の一生」のパロディのタイトルだったので、なんとなく、井伊の、直虎のためにやっていることが全部野心家で不忠者のようにみえてしまう小野政次の不運な生涯を軽妙な音楽とか流しながらポップに辿る回なのかな、と思っていたんですよ。
しかしながら、そこで繰り広げられたのは、あまりにも衝撃的な光景だったのです。
いや、最後のあれはさすがにびっくりしたというか、NHKの大河ドラマで磔にされる人がいて(あれは罪人に対する処刑のしかたですからね)、しかも槍で刺されるシーンまでしっかり描かれているとは、そして、政次に引導を渡すのが直虎とは。
しかしまあ、なんというか、高橋一生さんやっぱりすごいな。
僕はあの場面で、いつ政次が微笑むか、と思いながら観ていたんですよ。満足の笑みを浮かべるのではないか、と。
『真田丸』の最終回の堺雅人さんみたいに(あれは、あの場面にふさわしい「笑み」だったのだけれど)。
でも、高橋さんは、少なくとも、万人にわかるような笑みをみせることはなかった。
あの「たぶん直虎には伝わるだろけれど、あの場の他の人には気取られないような表情」は、本当にすごかった。
ああいう形じゃなくても、もうちょっとまっすぐ直虎を支えることはできなかったのだろうか、というのと、井伊と今川、小野のバランスをとりつつ、不測の事態に対しても井伊家を存続させる可能性を最大にするには、あの形がベストだったのだろうか、というのと。
この回は、何気に家康の行動もひとつのカギになっていて、家康は何か「不穏なもの」を井伊谷での一件に感じつつも、今後の戦力としての近藤たちを計算して、あえて深入りしなかったようにみえました。
あの牢屋の直虎を訪ねたシーン、蜘蛛のように這いつくばり、あとずさりしながら逃げ去っていくシーン、「何のコントだよそれ……」と見たときには呆れたのですが、よくよく考えてみると、家康という人物もまた、小野政次と同じようなリアリストで、そういう自分に対する後ろめたさも持っていたが、情に流されなかった、ということが描かれているんですね。
『おんな城主 直虎』って、けっこうよくできているのではないか、と最近思うんですよ。
途中、あんまり意味がないと感じる回もあったのですが、小野政次というキャラクターが、脚本家にもエネルギーを与えたのではなかろうか。
この回をみていて、僕は政次のお父さん、小野政直のことを思い出していました。
政直は、今川の目付として、井伊家に対して強い影響力を行使し、周囲からは煙たがられ、嫌われていました。
そんな政直に対して、政次も子供の頃は、「おとわの家に意地悪をしている」という感じで、けっこう反発していたのです。
そんな息子に、政直は言っていました。
「お前も、大人になったら、俺と同じことをするはずだ」
小野政次は、少なくとも、この大河ドラマのなかでは、「井伊家、いや、直虎のためにあえて憎まれ役を引き受けた家老」として描かれています。
では、政次の父・政直は、どうだったのか?
あの専横は、「井伊家のため」だったからこそ、息子に「お前も同じことをする」と言ったのだろうか?
あるいは、単に「権力を握った家臣は、今の時代、みんなこんなものだ」という意味だったのか?
ちなみに、Wikipediaレベルで史実をあたってみると、小野但馬守の井伊谷占拠は、今川に命じられてやった乗っ取りでしかない可能性が高く、こんなドラマチックな話ではなさそうです。
近藤さんからすれば、これでは風評被害甚だしいですよね。
こういう「フィクション濃度が高い大河ドラマ」をつくれるのは、主人公たちがあまり有名ではないから、というのも大きいのだろうなあ。
本能寺の変で信長が死なずに、世界征服を目指す、なんて話だと、本宮ひろ志先生の世界になってしまいますし。
政次が磔にされて、雑兵に槍を向けられた際、政次は、少しだけ恐怖に怯えた顔をするんですよ。
それがまた、せつなくて。
政次は、本来は理知の人であって、命知らずの武勇の者ではない。
実際、桶狭間のときも留守番でしたし。
直虎のおかげで、最後まで、「嫌われ者」を演じぬくことができたのですが、なんなんだあの「ウソ800」。
『帰ってきたドラえもん』かよ!
おっさん観ながら号泣ですよもう。年を取ると涙腺がゆるむ、と親が言っていたのを思い出します。
政次は、最後の時間に、父・政直の言葉を思い出したのだろうか。
正直、「こうして、井伊は復興し、徳川に重用されて戦国の世を生き抜きました。めでたし、めでたし」で、もう良いのはないか、という気もしています。
ちょっと高橋一生さんが人気だからって、政次を引っ張りすぎなんじゃない?って思っていたけど、あと4か月何をやるんだろう、って感じですよね。それを思うと、人生の最後にクライマックスがある織田信長さんとか真田信繁さんというのは、やりやすいのかもしれません。
直虎や直政(虎松)のために、多くの人々が身を挺して戦ったことが、家康の井伊家への心象を良くしたのではなかろうか。
あらためて考えてみると、徳川家というのは、拡大版井伊家みたいな存在だったわけですし。
(このドラマでの)政次は、嫌われていたかもしれないし、自分の感情を出さずに耐える場面ばかりではあったけれど、「そこまでして守りたいもの」があって、それに殉じた人生っていうのは、そんなに悪いものではなかったのかな、と僕は感じました。
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