いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

『バニラ・エア』の件で、netgeekの記事に「釣られてしまった」人たちへ


netgeek.biz


これがホットエントリにあがっていて、やれやれ、と思いつつ、ブックマークコメントをみて驚きました。

b.hatena.ne.jp


みんな、あまりにも釣られすぎ……
ブックマークコメントも、途中からは「揺り戻し」のように、「こういう煽りに乗せられちゃ危ない」と指摘する人が多くなってきているのですが、この『netgeek』のエントリは、あまりにも書いている人の木島さんへの悪感情が目立っているのです。


abematimes.com


同じ番組をまとめたこのサイトと読み比べてみてください。
(ちなみに、こちらは件の番組を放映したAbemaTVの関連サイト。本当は、番組をちゃんと全部観るべきなのですが)
だいぶ印象が違いますよね。
同じ材料で、こんなにできる料理は異なる。


冒頭のnetgeekの記事には、書いている人の「木島さんへの嫌悪感」が込められています。

小松靖アナ「木島さんはクレームを騒ぎ立てようと思ってもいなかったのに、朝日新聞が書いたことによってプロクレーマーだとかプロ障害者だとかいう批判をされたことについてはどう思いますか?」


木島英登「いや、批判する人はそう思ってるんだから仕方がないかなと思います」


小松靖アナ「大手のマスコミにそういう伝えられ方をしなければ、自分は世間から色眼鏡で見られることはなかったのに…と思いますか?」


木島英登「まぁ自分がどういうふうに見られているかっているのは分からないですけど、障害をもとに飯を食ってるとか言われても、まぁ実際そうです。皆さん容姿の綺麗な人はモデルになったり、話がうまかったら芸人になったり、自分の個性を活かして仕事をしているだけなので、別にプロ障害者でもいいかなと思いますけど」


 これって、要するに「自分がやっていることについて、他人からどう言われようと、それは相手の考えであって、こちら側から働きかけて変えるのは難しいから仕方ない」ってことですよね。
 まあ、そりゃそうだよな、と。
「障害者なんだから憐れんでくれ、優しくしてくれ」じゃなくて、「障害も自分の個性として受け入れて生きていくしかない。そこに引け目を感じていると思われたくない」というのは、むしろ「人間として当たり前」だと感じます。
 「プロ障害者」と言っている人たちは、炎上させて困らせてやろうと思っているのに、へこまないから頭にきているのかもしれないけどさ。
 前田敦子さんの「私のことは嫌いでも、AKBを嫌いにならないでください!」と、そんなに違わないと僕は思う。

 障害を他の人にはない強みと考えて商売に繋げることに異論はない。だが、木島英登氏の場合は、事前連絡が必要と分かっていても無視する、トイレに行くのが面倒なので座席で用を足す、スタッフの注意を無視して暴走する、自分の思い通りにいかないと権利団体に申し立てると脅すなどと極めて自己中心的な行動が目立っていた。
 世間はこれらの反社会的な行動を「プロ障害者」と呼んでいるわけであり、他人に迷惑をかけても自分の利益に繋がればいいと開き直るのは違うだろう。


 こういうのを読むときに気をつけていただきたいのは、さらっと読んでいると、この「自己中心的な行動」とか「反社会的な行動」なんていう「書いている人の主観」を鵜呑みにして、影響されやすい、ということなんですよね。
「事前連絡が必要と分かっていても無視する」については、これまでの経験上「連絡したほうがスムースにいく」ことはわかっていたと思われますし、そうしたほうがよかったと僕も思います。
 ただ、「本人は旅行経験豊富だから知っていたはず」「WEBサイトに書かれていたのに」という理由で事前連絡しなかったことを責めるのは、あまりにも公共交通機関の利用者に厳しいのではなかろうか。
 この「WEBサイトに書いてあったのに」って、みんな飛行機に乗るときに、航空会社のWEBサイトや注意事項を熟読してますか?
 事前に連絡したほうが良い場合でも、めんどくさくてやらなかったり、忘れてしまったりしたことはありませんか?
 「WEBサイトには書いてましたけど」というのは、2017年の段階の世の中では、「それを確認していないほうがおかしい」とまでは言えないはずです。顧客がみんな、「ネットに慣れている人」ばかりじゃないし(木島さんは「ネットに慣れている人」ではあったでしょうけど)。
 事前連絡については、「障害があるという理由で、事前連絡が必要になってしまうということそのものが、「安全などを考えると致し方ないけれど、利用する障害者にとっては面倒なこと」です。
 事前に連絡していなかったのは、「残念」ではあるし、それで利用できなくなる可能性はあるけれど、強く攻撃されるべきことではないと思います。
 そもそも、「公共交通機関」にとって「安全に顧客を目的地に運ぶこと」は最低条件であって、低価格のLCCは「安全性を確保したうえで、それ以外のサービスや快適さをカットして安い運賃にしている」わけですし、「車椅子での利用が可能」というのは「2017年に日本で公共交通機関を名乗るうえでは、当たり前のこと」ではないかと。


 この件に関しては、バニラ・エアの現場の人たちも、「自分の判断で抱えてあげたいくらいだったけれど、飛行機の安全管理というのは厳密なものだから、どうしようもなかった」のだと思います。
 木島さんも、個々のスタッフを非難しているわけではありません。
 バニラ・エアも「コスト削減を徹底しようとして、削ってはいけないところまで削ってしまっていた」のを、これを機に正常化したのだから、結果的にプラスになったはず。
 こういうセンセーショナルなやりかたじゃないと「社会問題」にならない、というのが、いまの世の中の困ったところではありますよね。
 ブログとかをやっていると、「炎上の恐ろしさ」とともに「炎上の力」も痛感してしまうのです。
 普通のことを、普通に、正当に訴えても、誰もブックマークしてくれない。
 「バッシングされやすいように書く」と、少なくともみんな「反応」はしてくれる。


 ブックマークコメントで批判が多い「トイレに行くのが面倒なので座席で用を足す」については、想像してみてほしいのです。
 僕やあなたは、トイレに行きたくなったら、飛行機の中でも、自分で立ってトイレまで行って、用を足して席に戻ってくればいい。
 それでも、隣の席の人が眠っている場合などには、ちょっと気を使ってしまうこともありますよね。
 でも、下半身が動かない場合、トイレに行きたくなったら、介助者に声をかけて車椅子に移乗させてもらい、トイレまで連れていってもらって便器にまた移してもらい、そこで用を足してまた車椅子に乗って、席まで連れて帰ってもらわなければなりません。
 病院には、「夜中にトイレに行きたいときも、看護師さんたちに悪いからナースコールを押すのをためらう」という高齢の患者さんがたくさんいます。
 その結果、転倒、転落して骨折、ということも起こってしまうのです。
 「安全のために必要なことなので、遠慮しないでくださいね」と、お話するのですが、「自分ひとりでトイレに行くことができない」って、かなりつらい状況である、ということは想像してみて良いのではないかと。
 障害によっては、便意や尿意が不安定で、「トイレに行くまでに漏らしてしまいやすい」こともあります。


「自分の思い通りにいかないと権利団体に申し立てると脅す」というのも、何も「いますぐ100万円くれないと申し立てるぞ」と言っているわけではありません。合理的な要望でも、相手に受け入れられなかったら泣き寝入りしましょう、ということなんでしょうか。


 この記事の「ミスリード」について、わかりやすい一例をあげておきます。

木島英登氏は木島英登バリアフリー研究所を設立し、講演(5万、10万、20万円)を引き受けることでお金を稼いでいる。講演料はかなり高めで、「バリアフリー研究所」という名前に反して活動が社会貢献などではなく営利目的なのは明らかだ。


 これを読んで、「こんなに稼いでいるの?」って思った人も多いはず。
 でも、こういうのがまさに「フェイクニュースの手口」なんですよ。
 そもそも、本当にこの講演料は「かなり高め」なのか?


 鳥賀陽弘道さんの著書『フェイクニュースの見分け方』(新潮新書)のなかに、こんな話が出てきます。

 新聞、テレビ、ネット記事が共通して持つ特徴があるのだ。それは「確かにその記事はウソは書いていない。しかし『本当のこと』も言っていない」である。
 次の記事を例として見てみよう。2014年3月20日付共同通信社電である。
「福島のワタムシに形態異常 回復の兆しも 北大調査」という記事は、福島第一原発の北約32キロにある川俣町山木屋地区で採取したアブラムシの仲間「ワタムシ」に、高い確率で異常が確認されていたことがわかった、というものだ。

 ワタムシは体長約3~4ミリで羽があり、複数の植物に寄生するのが特徴。
 2012年6月、山木屋地区で、原発事故後初めての交配により、木の枝でふ化した『オオヨスジワタムシ』を採取。死骸を含む167匹のうち、13.2%に脚が壊死するなどの異常があった」(一部略)


 福島第一原発事故のその後の関心のひとつは、広範囲にばらまかれた放射性物質が、生態系にどんな影響を与えるのか、ということだ。低線量の放射性物質が広く環境に拡散するという事故そのものが、人類史上数回しか起きていないので、未知の部分が多い。特に、生物の遺伝子に長期的にどんな影響を与えるのかが注目されている。
 記事にある地区は同原発から流れでた高濃度のブルームが通った場所であり、その後も高い空間線量が観測されていた。そこで13.2%の形態異常、つまり「奇形」が見つかったという。最初この記事を見たとき私は「すわ、放射能の影響で奇形が!」とびっくりした。しかし、最後まで読んで「何だ」と思った。「13.2%」という奇形発生率が自然発生率より多いのか少ないのか、書いていなかったからだ。
「形態異常」は原発事故がなくても、自然に何%かは発生する。「13.2%」はその自然発生率より高いのか、低いのか、記事ではそれがわからないのだ。


 この「木島さんの講演料」の話は、これに当てはまります。
 ほとんどの人は、講演料の「相場」を知らない。
「かなり高い」と書き手の価値判断を加えているだけ、悪質でもあり、稚拙でもありますが。
 話をするだけで10万円とか20万円というのは「高額」だと感じてしまうけれど、これは「異常」なことなのか?

 
 ちなみに、『笑犬楼の逆襲』(新潮社、2004年)によると、筒井康隆さんの講演料は1時間100万円だそうです。
fujipon.hatenadiary.com


 この件を受けて、能町みね子さんはTwitterでこうおっしゃっています。


 検索していたら、こんなサイトもありました。
www.kouenirai.com


 このサイトには、予算別に「この金額なら、こんな講師が呼べます!」というのが書いてあります。
 このくらいで来てくれるんだ!って思いながら、けっこう熟読してしまいましたよ。
 講演会の世界って、なかなか面白いな。
 

 で、「20万円~11万円」を上記のサイトでみてみると、まあ、このくらいの知名度の人なんだな、と。
 正直、名前を聞いて「あの人!」って思うような講師はほとんどいません。
 木島さんのこれまでの活動とか知名度、相場を考えると、別に障害者だからと高額なわけではなく、あるジャンルの専門家として平均的な講演料じゃないのかな。


 このくらいのこと、僕だってGoogleで検索すれば5分ですよ。
 調べずにイメージだけで「かなり高い」と書いたのか、知っていてあえてスルーしたのか。
 いずれにしても、不誠実か悪意を持った書き手であることは、まちがいない。
 「こんなヤツの講演に20万円も出すなんて!」と誰かが思うことは自由です。
 ただ、それは「そういう仕事の相場」を知ってからでも遅くない。

世間はこれらの反社会的な行動を「プロ障害者」と呼んでいるわけであり

 出たぞ「太宰メソッド」!
 これぞまさに「『世間』というのは、『あなた』でしょう」の教科書的な一例です。
 ネット弁慶のみんなが大嫌いな「主語が大きい」なのに、自分が叩きたいものに使われている場合には、受け入れる。
 それこそ、ネットで声が大きい人たちが他人を責めるときによく使う「ダブルスタンダード」でしょうに。


 木島さんは、自分の持っているものを使って、多くの人が生きやすい社会になるように活動しながら相応の収入を得ているだけです。
 「お前は障害者なんだから、生活保護でも受けて、しおらしくしてろ!」ってことなのかね。
 そういうのが「本音」の人が少なからずいるから、木島さんはこうしていろんなところに行ってみせているんじゃないのかな。


 木島さんに関しては、僕は「友達になれそうなタイプじゃない、というか、マンツーマンで付き合うと圧倒されて疲れそうなタイプだなあ……」という印象を持っていますが、それと、木島さんの行動や思想をどう考えるかは別です。
 というか、別にしなければならないと、自分に言い聞かせています。ずっとそう言い聞かせていないと、すぐブレてしまうから。


 正直、いまのネットって、「わかりやすい敵を強い言葉で責める」人ばかりが表に出てきているようにみえて、僕はもうついていけないというか、「これに付き合っていても、疲れるだけだな……」って感じています。
 ネットの海は広いから、僕がそういう海域を好んで航海しているだけ、なのかもしれませんけど。


 「俺たちは真実を知っているぞ」「自分はリテラシーが高いから、絶対に騙されない」
 僕には、そう思い込んでいる人たちが、もっとも騙されやすくみえるんですよ。
 ただ、こんなことを書いている僕も鏡をみるべきではありますね。


フェイクニュースの見分け方(新潮新書)

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笑犬樓の逆襲 (新潮文庫)

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