いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

『ヒカキン密着24時』を観て、「セルフブラック労働」について考えた。

kabumatome.doorblog.jp


(たぶん)日本でいちばん有名なYouTuberのHIKAKINさん。
そのHIKAKINさんの24時間に密着(と言っても、撮影・編集も本人)した動画が公開されていました。



ヒカキン密着24時 〜YouTuberの裏側〜


 僕自身はHIKAKINさんの動画は全部観る、というほどのマニアではないのですが、あれだけたくさんの動画を撮影し、編集して公開すると、こういう生活になるのか……とあらためて思い知らされます。
 普段はここまでハードじゃないと思いたいけれど、部屋の様子や動画の撮影・編集に必要な時間などを考えると、「通常営業」もそんなに変わらないような気がします。
 ひとりだけの部屋で顔芸やって、自分でそれを編集しているシーン、なんだか鬼気迫るものがあるな。
 「ちょっと仮眠して……」っていうシーンが何度か出てきますが、この動画を観たかぎりでは、HIKAKINさん、「本眠」してる時間がまったく無い……マッサージを受けている時間くらいだろうか。
 売れっ子芸能人か救急医か、というような生活です。
 捨てる時間もない、ということでゴミ袋に大量に入れられているブラックコーヒーを観ながら、「これって、企業や他人にやらされているとすれば、すごい『ブラック』な仕事だよな……」とか考えてしまいました。
 そもそも、芸能人だって救急医だって「オフ」はあります。
(そういう意味では、病棟の患者さんを担当している医者というのは、休みはあるけど、いつ問い合わせや急変の連絡があるかわからないので「そんなに拘束されてはいないけれど、完全なオフがなかなか無い仕事」だとも言えるわけですが)


fujipon.hatenadiary.com


 先日、この本のなかで、ネットの普及にともなう電通博報堂の仕事の質の変化、というのを読んだのですが、そのなかで、こんな言葉が出てきます。

 テレビCMとか新聞広告は出せば終わり。ウェブは、やりながら表現を変えたりできるもの。いつまでもやり直しが利くというとことがものすごく手間を増やしている。

 

 実際、HIKAKINさんの動画をみていても、次から次へと起こるスマホゲームのイベントや新しく発売されるゲームに「即座に対応」しているんですよね。
 そんなの明日でも……ダメなんだろうなあ。
 ここまでやらなくてはならないのか……食事は偏っていそうだし、カフェイン摂りすぎだし、こんなの長生きできないよ……
 でも、HIKAKINさんは、力強く、「いけるところまでいく」と宣言されているわけです。


 これで本人は楽しいのだろうか、幸せなのだろうか、こういうのが「自分で選んだ生き方」なのだろうか……とか、YouTuberじゃない僕としては考えてしまうのですが、『電通博報堂は何をしているのか』を書いた中川淳一郎さんも、仕事中毒みたいな感じで次々にネットニュースを編集しているし、アンチが多いイケダハヤトさんも、玉石混合であるとしても、あれだけの情報をアウトプットし続けるというのは、けっこうハードワークだと思うんですよ。
 プロブロガーとして自由な暮らし!とか、短時間で多額の報酬を!なんて言うけど、「新鮮な情報」を売って生きるのであれば、このくらい身を削らないとダメなのかもしれません。
 ある程度以上の期間、本当に「働かないで自由に生きる」には、巨額の遺産か不動産収入でもないと無理だよ。


fujipon.hatenadiary.com


 このサイバーエージェント藤田晋社長の起業時代のエピソード(ほとんど家にも帰らず、何を仕事にしていいのかもわからないような状況で、ずっと働いていた)など、まあなんというか、僕には絶対真似できないなあ、と。


 HIKAKINさんの仕事っぷりをみて、「ここまでやらなくても……」「早死にするんじゃないか?」と言いたくなる人は多いはずです(僕もそうです)。
 でも、「ブラック企業」に強制されて「ブラック労働」をやっているわけではなくて、自発的にこういう日常を送っている人に「そこまでやる必要はない」「もっと休んだほうがいい」って、言えるかな……とも思うんですよ。
 オリンピックで金メダルを目指してハードな練習をしている選手に「やりすぎ」って言えるだろうか?
「それでもし、金メダルを取れなかったらどうするんだ?」って問い返されて、「人生には金メダルより大事なものがある」と自信を持って答えられるだろうか?
 もしかしたら、HIKAKINさんは、いまが「YouTuberとしての勝負所」だという意識があって、ここで差をつけておかないと、かえって後でキツくなる、と考えているのかもしれません。
 頭二つくらい抜けてしまえば、少しクールダウンしてもやっていけるから、今が大事なときだ、と。
 まあ、あんまりそんな感じでもないですけどねえ。
 本人から疲労感は垣間見えても、悲壮感は伝わってこないし。
 こんなふうにしか生きられない「仕事中毒」なのか、ネットで生きていくには、必要なことなのか。
 こういう生活だと、「余暇」が無いから、「新しい知識を取り入れてはすぐに外に出す」という、自転車操業になってしまうでしょうし。


 このHIKAKINさんを観ていると、なんというか、みんな自分や他人の働きかたをあれやこれやと論じ、憧れたり批判したりしがちだけれど、結局のところ、人というのは、やりたいように、やれるように働くしかないのではないか?と感じるのです。
 こういうことを書くと「俺たちはオリンピック選手でも、HIKAKINでもない!」と怒られるかもしれないけれど、HIKAKINさんも、「YouTuberとして生計を立てるつもり」で幼少期を過ごしてきた人ではないですし。
 これからは、YouTuberとして食べていきたい、という人も増えていくのでしょうけど、これをみると、まさに「マラソンみたいなもの」ですよね。
 それも、ずっとずっと続く、いつ終わるかわからないマラソン。


 じゃあ、ちゃんと休むために仲間を集めて分業制にして、どんどん規模を大きくして……とやっていくと、結局は「テレビ局」になってしまう。
 個人ブロガーの居場所が、大手メディアが繰り出す多彩な記事によって少なくなっているのと同じように、個人YouTuberも淘汰、統合の時代に入ってきているとも言えます。


 過労死レベルの長時間労働を強いられたり、職場のパワハラ、セクハラで苦しめられたりするのは論外ですが、プロブロガーやYouTuberで生き残っていくためには、自分で自分を律しながら、ハードワークを続けていく覚悟が必要で、それは組織のなかで仕事をしていくのとは別のキツさがある。
 HIKAKINさんは「ずっとひとりでいることが苦にならない」と仰っていますが、常に他人との協調が求められるような仕事だと、かえって辛いタイプのような気もします。


 僕は正直、HIKAKINさんを甘くみていました。
 こうやって動画を公開して生活できるなんて、良い身分だな、なんて。
 でも、これはもう「こういうふうにしか生きられない人」がやる仕事だよねえ。
 

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