いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

『しくじり先生』の坂本ちゃんの授業と『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』


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一昨日の『しくじり先生』に、「坂本ちゃん」が先生として登壇していました。
ああ、そういえばいたよなあ、坂本ちゃん。もう50歳になったのか。
あの「電波少年東大一直線」懐かしい。
勉強をはじめた年齢や最初の学力、先生が受験のエキスパートじゃないことを考えると、『ビリギャル』よりすごいのではなかろうか。
東大卒の「ケイコ先生」も、現在は浪曲師になっていて、人生あの企画で変わってしまったよなあ、とか思いつつ。


 家族仲はよかったけれど、3兄弟の次男だった坂本ちゃんは、優秀な兄と弟に挟まれ、落ちこぼれて、ニート生活を送っていたそうです。
 東京で4年間ダラダラしてから、ようやく芸人としてスタートを切り、『電波少年』のオーディションに合格。
電波少年東大一直線』で人気者になり、稼げるようになった途端に、家族からのお金の要求がはじまり、それがあまりにも高頻度なので、そんな「たかり体質」に失望して絶縁、か……


 ああ、こういう「お金持ちになったとたんに、親戚や友人が増える」って話は、よく耳にするよなあ。
 昔の中国のように、親族全体で優秀な若者を援助し、もし科挙に合格して高い位についたら、みんなその人にぶら下がる、というのが当たり前の社会ならともかく……


 世の中には、こういう「相手が苦しんでいても、取れるところから、取れるだけ取るシステム」みたいなものが存在していて、坂本ちゃんの家族は、それに巻き込まれ、お金の催促に疲れ果て、なりふり構わず、「その日の苦痛から逃れるために」坂本ちゃんに頼ってしまったのです。
 借金地獄に陥った人というのは、とにかくお金のことしか考えなくなる、と言います。
 家族の側は完全に視野狭窄に陥っていて、言えばお金を引き出せていたから、ついつい、坂本ちゃんに「救い」を見いだしていた。
 というか、他にお金のアテはないし、督促は止まないし、という状況で、本当にキツい状況だったのでしょうね。
 でも「悪い」という気持ちもあるから、少額ずつの「おねだり」になってしまう。
 坂本ちゃんのほうは、いくら振り込んでもキリがなく、「人のお金で何をやってるんだ!」って思っていたようです。
 最初は「家族のなかの落ちこぼれということで抱いていたコンプレックスを、お金を送ることで和らげていた」ところもあったみたい。


 この授業での「教訓」として、「家族だからこそ、大事な人だからこそ、ちゃんと向き合うべきだ」というのは、本当に身につまされる話です。
 借金や資金繰りに追われると、大概の人は人格が変わってしまい、それでさらに周りから人がいなくなってしまう。
 それは「病気」のようなものなのだけれど、「たかられる」側には、相手の事情などわからない(坂本ちゃんは、「いちいち理由を尋ねないで希望に沿うのが『家族』だと考えていた」ようにみえました)。
 そもそも、麻痺があるとか骨折のような目に見える病気ではないし。
 特殊な状況だったから許してくれ、と言われても、それを引き受ける側にとっては、割に合わない話です。
 酔っぱらいの暴言や認知症の親の姿を受け流すのが難しいのと同じように。


 僕はこの授業を観ながら、村上春樹さんの『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』という小説を思い出していました。


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 この小説では、高校時代の男女5人の仲良しグループが、ある「事件」で引き裂かれます。
 何が何だかわからないまま、20歳のとき、突然仲良しグループから絶縁され、死ぬほど悩み、なんだか生きている感覚が希薄なまま、36歳まで生きてきた多崎つくる。
 彼にかけられた「疑惑」は確かなものではなく、作り話のように他の仲間たちは感じていたのだけれど、お互いになんとなく「無実」を確かめるタイミングを失ってしまったまま、時間が流れていったのです。
 つくるは、自分を罪に落とした人を、そして、「非常事態だから」「つくるなら乗り切れるから」ということで自分を切り捨てた「自分の一部のように感じていた仲間たち」を、赦し、理解するための旅に出るのです。

 
 僕はこの小説を読みながら、「そんなに気になるんだったら、そのとき、つくるは、仲間たちに直接確かめるべきだったんじゃないのか?」と、考えもしたんですよね。
 仲間たちも、友だちなら、なぜ、つくるに直接その疑惑について確認しなかったんだ?って。


 でも、それは僕の「よそ行きの考え」でしかなくて、僕も、つくると同じことになりそうな気がします。
 さすがに40年以上生きていると、自分がそういう「先送り体質」「嫌なことや怖いことは見ないようにしたい人間」であることもわかってくるのです。
 僕も「確かめるのが怖かったり、向こうから何か言ってくるだろうと思っているうちに、時間が経っていって、『もう、今さら確認してもしょうがないな』ということになってしまう人間」なんですよ。
 むしろ、「手遅れ」になると、もう考えなくてもいいんだ、と少し安心します。
 癌が見つかるのが怖いから、検診は受けない、という人に、「早期発見すれば、今の時代、癌は治せる病気ですよ」と、さんざん説明しているのにね。
 自分のこととなると、その「客観的な正論」は、なかなか発動してくれない。


 「お金を頻繁に送ってくれと言ってくる家族」に、「黙ってお金を送り続ける」ことは、「信頼している証」ではないはずです。
 一度や二度ならともかく、番組での話では、本当に頻繁に連絡が来ていたみたいですし。
 坂本ちゃんは、たぶん、「家族に嫌われたくなかった」「事実を確認するのが怖かった」「面倒なことに巻き込まれたくなかった」「自分の中での『理想の家族像』みたいなものを壊したくなかった」のだと思うのです。
 せっかく、仕事もうまくいっているのに、って。
 黙ってお金を送るのは「優しさ」じゃなくて、「問題の先送り」でしかない。
 でも、お金があるときには、「お金による解決」って、ある意味、もっとも手軽でラクなんですよ。
 とくに、相手がお金に困っている場合には。


 本当は、何度かお金を送ってほしいと言われた時点で、ちゃんと話をしておけば良かったのでしょう。
 実家が親族の借金を肩代わりした、ということであれば、弁護士などの専門家に介入してもらえば、適切な返済のしかたを教えてもらえたはず。
 当時人気タレントだった坂本ちゃんなら、芸能人仲間の人脈か、事務所にでも相談すれば、「うまくやってくれる専門家」を紹介してもらえた可能性が高かったはずです。
 場合によっては自己破産という手段だってあります。
 同じ週に出演していた新庄剛志先生が稼いだ44億円を自分の会社で使ってしまい、8000万円しか返さなかった「A氏」は破産によってそれ以上の支払いから逃れています。
 真面目に返そうとすればするほど泥沼にハマリ、「法律」を知っている人は、うまくそれを利用して立ち回る。
 でも、そういうのって、「知らない人は知らないし、教えてくれる人もいない」のです。


 この番組を観ていて感じたのは、世の中には、対人関係をオンとオフいう、ふたつの状態にしか切り替えられない人が少なからずいるのではないか、ということでした。
 他人を味方と敵という二種類にしか分けられない傾向、と言っても良いかもしれません。
 その中間の状態が存在しない。
 彼らの多くは、基本的に他人には寛容で、優しい人たちです。
 多少のワガママは「まあいいよ」って、受け容れてくれます。
 しかしながら、相手のワガママや本人のストレスがどんどん積もっていくと、ある瞬間に突然、ブチッと切れる。あるいは、スイッチが「この人は味方」から、「敵」に切り替わるのです。
 突然、キレてしまって、相手を猛然と攻撃し、拒絶するようになります。
「いままで、ずっと我慢してきたけれど、もう限界だ!」って。
 「味方」だったときには穏やかで優しかったし、多少の問題点も好意的に解釈していたのに、「敵」と認識したとたんに、やることなすこと不快に感じるようになってしまうのです。
 相手は、「そんなにイヤだと感じていたのなら、言ってくれればよかったのに。何も言わないから、まさかそんなに我慢しているとは思わなかった」と困惑するばかり。


 たぶん、対人関係にも、「白か黒か」だけじゃなくて、ある程度グラデーションをつけられたほうが「生きやすい」のです。
 それは、本人にとっても、周囲の人にとっても。
 好きな人でも、不快なことをされれば、「それは自分にとってはイヤなことだから気をつけて」と少し機嫌が悪くなる。
 印象が悪い人でも、助けてもらったら、「ちょっと見直して」好感度がアップする。
 

 坂本ちゃんの「求めに応じてお金をずっと送っていた」状態から、「連絡を極力無視するようになり、絶縁」というのは、まさに「オンとオフだけ」なんですよ。
 「お金を送り続けるのはキリがないしイヤだけど、こんなに催促してくるのは何か事情があるのだろうから、自分で確認してみよう」という、「オンとオフの間」があれば、もしかしたら、もう少しうまくやれたのではないだろうか。
 「どうしてそんなにカネカネ言ってくるんだよ!」って、限界に達する前に軽くキレることができていれば、ここまでの断絶は生じなかったのかもしれません。


 なんでこんなことを書いているかというと、僕自身がまさに、坂本ちゃんみたいな性格で、似たような人間関係を構築してきてしまってきたから、なのです。
 「いい人」であろうとするあまりに、限界まで「いい顔」をして我慢して、結局、最後は「耐えきれなくなったら、いきなりキレてしまう」。
 相手からすれば、「なんでこの人、いきなり怒り出すんだ?」って話です。
 自分がそういうタイプであるということがわかってからは、自分の「感情や人間関係のグラデーション」を意識するようにしてはいますが、これまで失ってきたものは、あまりにも大きかったのではないか、と感じているのです。


 正直、性格とか生き方っていうのは、そう簡単に変えられるものじゃない、とは思います。
 それでも、こういうタイプの人が世の中にはいること、そして、思い当たる人には、それはあなただけではないことを、僕は伝えておきたい。
 「信頼しているから」と言いながら、本当は「めんどくさいことを避けている」だけの人や、中途半端な「我慢強さ」で人間関係を混乱させるだけの人は、少なからずいるはずです。
 そういうのは、「普通の状況や環境」では、あんまり問題にならないのかもしれませんが、だからこそ、日頃から意識しておくことで、破綻を少しは防ぎやすくできるのではないか、と僕は考えています。
 溜め込み過ぎて破裂するよりは、毒を小出しにしておいたほうが、たぶん、マシです。


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