いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

清水富美加さんの電撃引退と「電通過労死事件」


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まあなんというか、芥川龍之介の『藪の中』みたいなもので、登場人物それぞれの立場からの「真実」みたいなものがあって、結局のところ、外野からはなんとも言いようがない話ではありますね。
この芸能事務所の「月5万円」というのが事実であれば、ひどいな、とは思うのだけれど、それも「将来、人気が出たら、大金を手にできる」という前提ならば、「この業界は、こういうもの」なのかもしれないし。
水着の仕事はイヤ、とか、人肉を食べる役はイヤ、とか、変態仮面に股間をおしつけられるのはイヤ(これは言ってないけど)、とかいうのは、わかるんだけど、世の中には、激安のギャラで「自撮り」をしてアピールしているグラビアアイドルもいれば、こういう「人倫に反するような役」こそ、役者としての見せ場だと考えて、やる気を出す人もいるからなあ。
「本人が嫌がっている」なんていうのは、外部には届かない情報だし、「水着になりたくない」という人は少なからずいそうなんだけど、それでも「キャリアアップのためには必要」という覚悟でやっている人も少なからずいるはず。
雑誌のグラビアページの笑顔で、その「内心」を判断することはできない。


必要であれば、やりたくないことをやらざるをえないことが、仕事をしてお金をもらう場合には、よくあります。
クレーマー対応とかは大部分の人にとってそうだろうし、摘便とかをやっている看護師さんも「やりたいわけではないが、必要だからやっている」。医療行為って、基本的には「やる側もやられる側も嬉しい行為ではないけれど、必要だと判断している」ものがほとんどです。


結局のところ、どこまで追い詰められていたのか、というのは、清水さん自身にしかわからないんですよね、いや、本人も、きついなかで、「まだがんばれる、まだがんばれる」と思っていたら、いきなり背後に崖があった、みたいな感じなのかもしれません。
真面目な人って、かえって、そういう「ギリギリまで我慢してしまって、周囲も困るような終わらせかた」になってしまうことがあるのです。


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真矢ミキさんが、「見ていていつも弾んでいるような、水着を嫌がっていたというけど、そうは見えなくなるぐらい頑張っていた。衝撃のあるニュース」と仰っているのですが、たぶん、外側からはこういうふうに見えていたんだと思うのです。
すごく頑張っている、一生懸命な子。
あと、記憶っていうのは、その後の人生経験や考え方の変化によって「上書き」されたり、「改変」されたりするものなので、「昔のアレはイヤだった」というのも、どの程度、当時の実感に沿ったものかは難しいところです。
学生時代の部活でのシゴキが、終わってしまえば仲間内で「美化」されたり、仲が良かったカップルが軽い冗談でからかいあっていたつもりの言葉、別れ話の際に「あれは本当にイヤだった」と責められたり。
そういうのって、「当時から本当にイヤだった」のか、「あなたのことが嫌いになったから、思い返してみると不快になった」のか、曖昧になってしまうのです。


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清水さんは子供の頃から「幸福の科学」の信者だったそうなのですが、僕の人生経験上では、ある宗教を深く信仰している人というのは、真面目で思慮深く、礼儀正しい人のように見えることが多かったのです。
エホバの証人』も、信者の子供たちが、おとなしくて親の言うことをよく聞く「いい子」に見えたので入信した、という親が少なからずいるそうです。
子育て、というのは、親にとっても大きな悩みであり、プレッシャーでもある。
清水さんの仕事に取り組む姿勢とか、潔癖なくらい「清純」にみえるところとか、そういう「魅力」とされる部分には、子供の頃から接していたという、「幸福の科学」の影響はあったのだと思います。
そして、人というのは、そういう「キレイなもの」に惹かれたり、「なんか変だな」と違和感を抱いたりするのです。


正直、いきなり仕事を辞めて、迷惑をかけるのはいかがなものか、と僕も思います。
竹山さんは責任感が強い人だから、そう言わずにはいられなかったのでしょう。
でも、僕はなんというか、今回の清水さんの騒動をみていて、電通過労死事件のことを、思い出してしまったんですよね。
あのとき、ネットでは、多くの人が言っていました。
「自殺するくらいなら、仕事やめればいいのに」


そりゃ、電通の一社員(とは言っても、天下の「電通」ではあり、それなりの影響はあったでしょうけど)と主演映画の公開も控えている人気芸能人では、存在価値が違うのかもしれないけれど、清水さんが本当に「死んでしまいたい」というくらいに追いつめられていたのだとしたら、「仕事を緊急避難的に止めた」ことは、そこまで非難されるべきことなのか。
上司(所属事務所)からの過酷なプレッシャーと、それに逆らったら、自分の居場所が無くなってしまうという恐怖。
清水さんには、「死ぬこと」意外の選択肢があっただけ、なのかもしれません。
あの生きている人の「霊言」を濫発している「幸福の科学」がらみだから、「胡散臭さ」を感じずにはいられないところはあるのだけれど、まあ、とりあえず出家でもなんでも「生きててよかった」ということにはならないのか。
ほんと、世の中を生きるって、綱渡りだよなあ、って。
いや、渡れる綱すらないのかもしれん。
自殺したら「なぜ死ぬまで頑張ったんだ」と言われ、死ぬよりはと逃げ出したら、「他の人に迷惑をかけて投げ出すなんて無責任だ」と責められる。
どこか、「ちょうど良い着地点」は無いのか?
人間の精神力もスカウターみたいな機械で数値化できればいいのにね。


まあでもこういうことで、実際に影響を受ける人が少なからずいるのは事実で、公開予定だった映画の関係者などにとっては「なんなんだこれは……」としか言いようがないだろうな、と思うんですよ。
映画はダメになっても、清水さんが生きててよかったじゃないか、とは、なかなか割り切れないはず。
亡くなってしまえば「映画を完成させるために無理をして、死ぬことはなかったのに」って思う人がほとんどなのに。


多くの人に影響を与える存在であるほど、プレッシャーも強くなってくるのに、「逃げる」ことは許されなくなるのです。
とりあえず、本人が幸せなら、それで良いんじゃないか、としか、第三者としては言えない。
あと、とりあえず生きててよかったし、今後も「あのときの選択は間違っていなかった」と言える人生になることを願っております。


しかし、こういうことになると、『変態仮面』のDVDを観ても、「嫌々やってたのかなあ……」なんて気になって、ちょっと引いて観てしまうようになりますね。しょうがないんだけどさ。


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増補新版 芸能人はなぜ干されるのか?

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