いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「てきとうにプレイしたい派」のゲームライフについて僕も考えた。


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僕は『風来のシレン』はやったことがなくて、『ゲームセンターCX』で有野課長が攻略しているのを観たくらいなのですが、そんな技があったのか……と。
ドルアーガの塔』のアーケード版は、発売当時「出し方が他の人から見えないように、手元を隠してプレイする人」とかもいたのです。
 1985年に『ドルアーガの塔』のファミコン版が出たときには、攻略本『ドルアーガの塔のすべてがわかる本』が年間ベストセラーの第19位にランクインするほど売れました。
 この本を買ったとき、レジで店員さんに「この本、なんだかすごく売れているんですけど、いったい何の本なんですか?」と尋ねられたんですよね。
 僕は基本的に知らない人に話しかけるタイプでも、話しかけられるタイプでもありませんし、書店のレジで「カバーかけますか?」以外の会話をした記憶がほとんどないので、このときは驚きました。
 たぶん、書店の人にとっては、「なんだかえたいの知れない本が、やたらと売れていて不思議でしょうがなかった」のでしょうね。
 この『ドルアーガの塔のすべてがわかる本』は、40万部くらい売れたそうです。


 最近のゲームの「攻略情報」は、ほとんどネットで見てしまうのですが、人気ゲームの場合、検索で人が集まってお金になるということで、とにかく情報が出るのが速いし、詳しい。
 こんなにさっさと攻略されてしまっては、身も蓋もなかろう、と思うくらいです。
 こっちが見なきゃいいんだけど、いまの世の中には、遊びきれないほどたくさんの面白そうなゲームがあって、僕の寿命も限られているしなあ。「ATTACH」を探すために一日中、シャープX1の前で和英辞典を引いていた頃には、もう戻れない。
 『惑星メフィウス』の砂漠とかも、今だったら3日くらいで答えがわかるんだろうなあ。
 あの頃は、『マイコンBASICマガジン』のゲーム攻略Q&Aのコーナーに「今月も載ってなかったな……」ってがっかりしていたのに。
 個人的には、「PV(ページビュー)を集めるためのゲーム攻略情報」によって、ゲームの寿命は短くなったのではないかと感じますし(『ポケモンGO』とかは、その最たるものでしょう)、そう言いつつも見てしまう自分もいかがなものか、という気もするのです。
 その一方で、ネットによる情報交換みたいなものが、ゲームを盛り上げている面があるのも確かで、『ポケモンGO』だって、あんなふうにみんながPV争いをしていることが、話題性を後押ししてもいたのでしょう。
 ゲームを製作している人たちは、どういう基準で難易度設定をしているのだろうか。
 彼らだって、多少の謎はネットですぐに「攻略」されてしまうことは百も承知のはずです。
 だからといって、「ネットでも攻略されないような超絶難易度の仕掛け」というのは、ネットの情報に頼らないユーザーにとってはハードルが高すぎる。
 そもそも、どんな仕掛けだって、ネットでは「集合知」であっさり解明されてしまうので、現実的ではないでしょう。
 だからといって、「電子紙芝居」では面白くもないし……
 と言いたいところですが、「ゲーム実況」の隆盛を考えると、「自分でプレイしなくても、見ているだけのほうが楽しい」という新しいゲームファンも増えているのかもしれませんね。
 『シュタインズゲート』とか、すでに「ゲーム」というより「ゲーム機で読む小説」だものなあ。


 ここまで書いてきて、いきなり話を変えてしまうのですが、僕は基本的に、「攻略派」じゃなくて、「てきとうにプレイしたい派」なんですよ。
 『ファイナルファンタジー13』では、オーディンが全然倒せなくて、家人に「何も考えずにプレイしてるから!私は2回目で倒したのに!」と、呆れられました。
 「合成」とか「れんきんがま」とか、めんどくさいなあ、としか思えないのです。
 どちらかというと、メインストーリーだけさっさとクリアして、次のゲームで遊びたい。
 でも、「おまけ要素」があると、それを置き去りにしてしまうことに、「もったいない感」はある。

 『ダービースタリオン』という競馬ゲームがあるのですが、このゲーム、みんなどんな遊び方をしていたのだろうか。
 雑誌などでは「最強馬」をつくるための配合理論、が盛んに紹介されていたのですけど、僕は長年このゲームをやっていたのですが、「攻略法的に最強馬をつくる」ということには、まったく興味がわかなかったんですよね。
 ただ、自分の牧場の繁殖牝馬に、思いついた種牡馬を種付けして、生まれてきた馬を、調教して走らせる。
 攻略では、「走りそうな馬じゃなかったらリセット(あるいは売却)」ということになるのですが、僕はアクシデントがないかぎり、普通に育てて、レースに使っていました。
 そういうやり方でも、ずっとやっていれば、少しずつ強い馬はできるし、G1も勝てるのだけれど、「画面から消えるくらい他馬を引き離すような最強馬」は、まず生まれない。
 ある程度「攻略法」的に配合していかないと、「最強馬」って、なかなかつくれないんですよね。
 でも、僕はそういうのって、「競馬らしくない感じがする」から、イヤだった。
 そもそも、ボーッとしながらダラダラやるのが好きなので、リセットしたりしながら、キリキリ「攻略」したくもなかった。
 もちろん、どちらかのやりかたが正しいというのではなくて、たぶん、良いゲームって、いろんな遊び方があるものなのだと思います。
 

 考えてみれば、スマートフォンソーシャルゲームって、この「キリキリ攻略したい人」と、「ボーッとしながらボタンを押していたい人」の「二極化」がひとつのゲーム内で起きるようにつくられているのですよね。
 前者がのめりこんで攻略し、人によっては高額課金をし、後者はゲームで時間潰しをしながら、上位者の「踏み台」的な役割を担う。
 システムの盲点をついて、次々と「攻略法」が編み出され、運営側はそれを修正して、新たな「課題」をつくり、コアプレイヤーは、またそれを「攻略」していく。
 これは、「社会の縮図」でもあるのかもしれません。


 ああ、でもなんか、僕はそういうのに、ちょっと疲れているのです。
 自分では参加していないつもりでも。
 ネットの情報を遮断してしまえば、少しはラクになるのだろうけど、疲れていると言いながら、そういう喧噪には、断ちがたい魅力もあるのだよなあ。
 「ずっと『テトリス』や『桃鉄』ばっかりやっていて、それで満足している人」にも、なれそうにないし。


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ダービースタリオン

ダービースタリオン