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いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

眠れない夜に「大麻解禁論」について考えてみた。


sakenominimal.hatenablog.com
rocketnews24.com


僕は大麻解禁論者じゃありませんし、大好きな中島らもさんの主張のなかで、大麻解禁論だけはどうしても受け入れがたい、と感じていました。
なんのかんの理由はつけても、「麻薬」じゃないか、「もっと危険な酒やタバコも許されているんだから、より安全(と言われている)大麻が違法なのはおかしい」なんて言うけど、危ないものばっかり世の中に増やしてどうするんだよ、っていう。


この後者のような「医療用の大麻」の話を読んで、最初はこう思ったんですよ。
これって、ちゃんと担当医に相談して、モルヒネの量を調節してもらったらよかったのに、って。
日本では医療用には(癌に対する疼痛コントロールなどの目的で)モルヒネの使用が認められています。
昔は「あまり使い過ぎると危ない」と思っている医者が多かったり、患者さんの側も「モルヒネを使うともう危ない感じがする」「麻薬って怖いイメージがある」などの理由で、なかなか十分な量を使用できなかったり、導入が遅れたりしがちだったんですよね。
でも、最近はけっこう緩和ケアの考え方も変わってきていて、麻薬による疼痛コントロールは、患者さんの生活の質の向上のため、必要十分な量を使うべきだし、余命を左右しない(短くはしないが、伸ばすこともない)というのが一般的なコンセンサスです。
この「大麻が効いた」という患者さんに関しては、癌が消えるとか小さくなるということは、薬理作用状は考えがたいし、その医学的なエビデンス(証拠)もないようです。
この患者さんの病状がどんどん悪化し、苦しくなってきたのは、大麻をやめたからというよりは、癌が進行して腹水がたまってきたり、倦怠感が強くなったのが大きいのではないかと思います。
大麻を続行していても、癌は同じように進行していた可能性が高い。


モルヒネ大麻というのは、「麻薬」といっても、効果に違いがあります。
大麻には、リラックスできたり、多幸感・食欲の増加等の効果がある一方で、過剰に摂取した場合などに「バッドトリップ」と呼ばれる一過性の抑うつ・被害妄想に陥る事があります。
モルヒネには、強力な鎮痛作用がある一方で、けっこう強い便秘や吐き気、眠気がみられることもあるのです(ただし、これらはうまくコントロールしていくことが可能だとはいわれています)。


要するに、同じ「麻薬」といっても、モルヒネは鎮痛作用が強いけれど、精神的な面では、大麻のほうが癌のプレッシャーや精神的な苦痛をやわらげてくれる可能性がある、ということのようです。
(正直、僕は大麻を自分にも他人にも使ったことはないので、このあたりは教科書的な知識の受け売りです)


癌の患者さんの場合、痛みをとるのは最も重要ですが、精神的な苦痛をやわらげることも、もちろん重要なことです。
それを本人の意思や家族の協力やカウンセラーの力だけで、成し遂げられれば良いのだけれど……


いまの世の中って、ひとりでも生きやすくなった代わりに、ちょっとしたことで、ひとりになってしまうことって、ものすごく多いのです。
僕はそういう患者さんを、少なからずみてきました。
(その一方で、「なかなか身内との縁を切れないのも人間」だと感じることも多々あります)
みんなそんなに心が強くもないし、宗教に頼ることができる人ばかりではない。家族や身内もそこまで積極的にコミットしてくれるとはかぎらないし、強要できることでもない(そもそも、そういう立場の人が存在するとはかぎらない)。
そういう時代に、「心を磨いて、死を受容しましょう」みたいなのが、本当に正しいのだろうか。
「薬に頼る」っていうのはちょっと印象が悪いかもしれないけれど、それで最期の苦痛がやわらぐのであれば、なるべく安全で安上がりで、他人の力を借りずに済む選択肢があっても良いのではないか、とも考えてしまうんですよね。


モルヒネによる疼痛コントロールで、痛みがおさまれば、生活の質は間違いなく上がります。
「痛みがとれて、本当にラクになりました」と言ってもらえると、少しでも役に立てたのではないか、と思いたくなります。
ただ、現時点での精神的な苦痛に関しては、「最初は拒絶し、苦しむけれど、いつか受容していく」とされているけれど、まだまだ改善の余地が大きい。
患者さんを一時的にでもリラックスさせる手段として、医療用大麻は、検討の余地はあると思うのです。


個人的には、いまの世の中で孤独感とか無力感を抱えて生きていくために(あるいは、少しでも「人生を楽しむ」ために)、娯楽用の大麻が必要な人だっているかもしれないな、という気もしています。
もしかしたら、Twitterで不用意なことを呟いてストレス解消しようとするより、大麻のほうが、よっぽど安全で他人に迷惑をかけないのかもしれません。


fujipon.hatenadiary.com


上記の本のなかで、町山智浩さんが、アメリカの「マリファナ大麻)合法化」の話を紹介されています。

 コロラドマリファナを買いに行った。コロラド州では、マリファナを完全に合法化する法案が、2012年の州民投票で過半数を得て、2013年1月1日から実施されている。


(中略)


 受付でカリフォルニアの運転免許証を出した。21歳以上であることを証明できれば他州の免許証でも外国のパスポートでも構わない。
「医療用? 娯楽用?」と店の人に尋ねられる。医療用マリファナの売買は、1996年にカリフォルニアなど全米のいくつかの州で合法化されている。寝不足、憂鬱、腰痛、理由は何でもいい。健康上の理由でマリファナによるリラックスが必要であると医師に訴えれば、購買許可証が発行される。だが、娯楽用のマリファナ売買までが合法化され販売開始したのは今のところコロラドだけ。
 もの珍しさで買いに来た観光客だと言うと、「じゃあ、いちどに買えるのは1オンス(約28g)までです」と言われる。でも、他の店にハシゴすればいくらでも買える。


 ちなみに「タールを吸わないですむ水パイプを選び、1オンスのマリファナと清算すると2万円ぐらいだった」そうです。そのうち30%は税金。
 そして、この州法で、コロラド州が無法地帯になっている、ということもないそうです。
 まあ、それならオランダとか、ずっと無法地帯だったはずですし。

 コロラド州ではマリファナOKでも、他の州に持ち込めば、その州の法律で裁かれる。ただ、現在、アメリカ全体でマリファナのdecriminalization(非犯罪化)が進み、未成年や営利目的でない大麻の使用や所有は罰しないことが慣例化している。そんな細かい罪でいちいち逮捕することでかかる税金の無駄を削減するのが目的だ。


 マリファナを合法化することによって、麻薬カルテルの資金源を断つことができる、という狙いもあるのです。
 「2014年7月には、ワシントン州で販売が開始され、オレゴン、アラスカなども続いている」のだとか。


 僕は「マリファナが合法の国はオランダ」というイメージしかなかったのですが、あの平和そうなカナダでも、すでに大麻は非犯罪化されているのです。


 日本ですぐに合法化の方向に進むとは思えないのですが、世界はそこまで大麻に対して寛容になっているのか、と驚かされました。
 アメリカは、ドラッグには厳しい国だと思っていたのに。


 念のために言っておきますが、僕は、高樹沙耶さんの今回の大麻所持を支持しているわけではありません。
 報道されている内容からは、彼女は「医療用大麻」として吸引していたようには思えませんし、「医療用だから認めて、と主張しながら、自分は娯楽のために吸っていた」というのであれば、周囲には「結局、自分が吸いたかっただけじゃないか」と呆れられるだけでしょう。
 いまさらヒッピー・ムーブメントみたいなのをやってみせられても、時代錯誤の人たちが、なんか麻薬を解禁しろって言ってるよ……としか、みんな思わないって。
 主張している内容に価値があっても、主張のしかたが間違っていたら、世の中に受け入れられるのは難しい。


 正直、僕は、アルコールも、タバコも、大麻も、世の中に無くてすむなら、そのほうが良い、と思っています。
 でも、人間って、そんなに強くもなければ、立派でもないからさ。
 だからこそ、どこまで認めるべきなのか、というのは、ちゃんと考えたほうがいいと思う。
 医療用大麻も、「麻薬だからぜったいダメ!」って先入観にとらわれるより、それが必要な人には使用を認める、ということを日本でも検討してみて良いのではないかなあ。
 誰が、どう判断するか、というのは大きな問題ではありますが。
「癌に対するモルヒネの使用」というのも、「癌」というのが、「認定しやすい基準」だという面はあります。
 でも、アルコール依存とか、本当に「ヤバい」から。
 大麻より、パチンコのほうを取り締まったほうが、多くの人が「不幸にならずにすむ」のではなかろうか。


 最近、思うんですよ。
 人間、長生きできるようになりすぎて、ひとりでも物理的には生きていけるようになりすぎて、癌の患者さんにかぎらず、もう、化学物質の効果でしか幸せになれないという人や状況が少なからず存在するのではないか、って。
 そんなことを考えること自体が「敗北」なのだろうし、僕自身が「大麻を解禁せよ!」って旗を振るつもりもないのだけれど、ただ、そんなふうに考えずにはいられない自分がいて。


 今夜のプレミアムモルツは、とても苦い。