いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

市川海老蔵さんの会見への反応に、ひとつだけ言っておきたいことがあるのです。

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この会見を見て、僕はただ圧倒されてしまいました。
ああ、市川海老蔵って、「いい男」だなあ、って。
たぶん、この1年8ヶ月、公表せずに闘病してきたことで、麻央さんと海老蔵さん、御家族と周囲との温度差に悲しみや苛立ちもあったと思うんですよね。メディアに対して隠してきたことに対しては、海老蔵さん自身も「歌舞伎」という「話題にしてもらうことも仕事のうち」が伝統の世界の一員であるという自覚と、御涙頂戴ドラマの主人公として追いかけ回されることへの不安の葛藤もあったのだろうと思うし。
子どもさんたちも、お母さんの身体のことについて心配させるには、あまりにも幼すぎる。


僕の母親も長年乳がんを患っていました。
当時はまだホルモン療法がはじまって間もない時期で、遠くの先進的な治療を行っていた病院に、かなり長い間入退院を繰り返し、週末ごとに新幹線でお見舞いに行った父親が疲れていつも病室で眠っているのをみて、「眠りにくるんだったら、家で休んでいればいいのにね」と笑っていたのを思い出します。
いまから考えると、あの頃の僕は、両親をもう少し支えることができたのではないか、と後悔することばかりです。
あれから治療もかなり進歩していますし、麻央さんが快癒されることを心より祈っております。
あの頃、僕の母親が受けていた治療が、いまの新しい医療にもつながっているはずですし。


この報道をみて、僕はひとつだけ、引っかかっているところがあるのです。
それは、こういう反応について、なんですよ。

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海老蔵さんは本当に「いい男」だし、仕事や家族に対する姿勢も「立派」だと思う。
ただ、「家族の病気を隠して、気丈に仕事をしたり、何もないようにふるまうこと」が美談として扱われると、「家族の病気で、これまでの生活ができなくなってしまう人たち」に対するプレッシャーになってしまうのではないか、と僕は心配なのです。
海老蔵さんを称賛している人たちに悪気がないのは、百も承知なのですが。


実際のところ、自分自身、あるいは家族が癌になる、というのは、大きな生活の変化を伴います。
患者さんは治療のために入院や通院が必要となるし、体力が低下したり、精神的に不安定になることもある。
家族も、付き添いのために残業ができなくなったり、子どものために使わなければならない時間が増えるのです。
家族だって、精神的に追い詰められてしまうことが少なからずあります。
病人、とくに重い病気を抱えている人の傍にいるというのは、かなり消耗するものなのです。


今回、小林麻耶さんが『バイキング』収録中に体調不良で救急搬送され、休養されています。
僕はちょうどその『バイキング』をリアルタイムで観ていたのですが、なんだか辻褄の合わないやりとりを共演者たちとしていた麻耶さんは「心ここにあらず」という感じでした。
こうして、麻央さんの病気と、ずっと支えてきたという麻耶さんの話を聞くと「そういうことだったのか……」と合点がいったのですが、『しくじり先生』に出演したときの話からも、「精神的に不安定そうだものな、小林麻耶さんって」って、僕は思っていたのです。
本当に、世の中の人って、いろんな「背景」を抱えて生きている。
でも、その「表層」みたいなものだけで、判断されがちなんですよね。


僕が言いたいのは、海老蔵さんのような「超絶快男児」の真似を、一般人はするべきではない、ということなんですよ。
身内が重い病気にかかったら、それを周囲に早めに伝えられる世の中になってほしいし、その家族が看護や育児のために仕事を休むことが「あたりまえ」になってほしいと思うのです。
ギリギリの人手でやっている現場では「勘弁してくれよ……」と言いたくなることもあるはず。
それでも、本当に困っている人を支えるために、そういう場合に、特定の人にだけしわ寄せが来ないように、みんなが協力できるシステム、そして雰囲気をつくっていかなければならないと思うのです。
むしろ、病気がわかった時点で、「今後こういうことが予想されて、仕事を途中で抜けたり、休んだりしなければならない可能性が高いのですが、助けてください」と周囲に言えるのが「普通」になってほしい。
海老蔵さんの場合は、変わりなく仕事をすることが「精神的な支え」になっていたところはあるのでしょうし、看護する側にも「日常」が必要なのは事実なので、「仕事もやめて一緒の時間をつくる」というのも、その人しだい、ではありますが。


そもそも、多くの重い病気の場合に問題となるのは「経済的な負担」なわけで、誰も働かずに生活を維持できるくらいの大金持ちは、そうそういませんし。


もちろん、海老蔵さん一家は、「芸能」の世界で生きている人だから、というのは事実です。
たぶん、一般的な核家族よりも、いざというときに頼れる人、子どもを預けられる人も多いはずです。
それを含めて考えても、海老蔵さんは「凄い」と思う。海老蔵さんにとっては、麻央さんの病気を公にしないことは「美学」に基づく行動でもあったのでしょう。
だからこそ、第三者が、「海老蔵を見習え」みたいなことを言ったりするのは、やめてほしいと心から願っています。


病人やその家族は「立派」じゃなくてもいいよ。
自分たちだけで苦しまなくてもいいよ。
取り乱したり、他人に迷惑をかけたりするのが「普通」だし「あたりまえ」なのです。


「なぜ、海老蔵さんは、1年8ヶ月も麻央さんの病気を隠さなければならなかったのか?」


これって、かなり重要な「問い」だと僕は思います。

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