いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「保育園ができるのを迷惑だと思う」6%の近くで日常をおくるということ

mainichi.jp


ほら、86%の人が「保育園は迷惑ではない」とアンケートに答えているよ。
「迷惑だ」って言っている人は、たったの6%!


……とは言ってもね、というのが僕の率直な印象です。
では、86%という多数派に、6%の少数派は従わなければならないのか?
自分にとっては「不快」でも、受け入れなければならないのか、そう言われたら、受け入れられるのか?


僕も2人の子ども(7歳と1歳半)の親で、子どもを保育所や幼稚園に送り迎えする機会が少なからずあります。休日にイベントに参加することも。
田舎ですし、子どもを背負って歩ける距離でもないので、車で行かざるをえないのですが、送迎が集中する時間帯や運動会などのイベントがある休日は、狭い路地に多くの車が行き交い、路上駐車なども目立ち、こりゃ近所の人は大変だろうなあ、と思うのです。
だからといって、保育所を郊外のバイパス沿いのイオンモールの隣にばかりにつくるわけにもいかないでしょうし。
昔からあるところは、地域の人々も慣れているところがあって、うまく共生しているのでしょうけど、閑静な住宅街に新しくできるとなると、迷惑だと感じる人がいるというのもわかります。
というか、「できてうれしい」というのは、近所の小さな子供をもっている親くらいのもので、あとの人は「しかたがない」というのが、率直なところではないかと。
子どもの声を聞くと元気が出る、という高齢者がいるのも事実ではありますが、「たまに子どもの声を聞く」のと「ずっと子どもの声を聞き続ける」のとは、また違うものですし。


でも、保育所や幼稚園は、どこかにつくらなければならない施設であることも事実です。
原発だったら、リスクと引き換えに雇用が生まれたり、お金が落ちるということもあるのでしょうが、保育園や幼稚園は、そういうわけにもいかないのでしょうね。個人的には「迷惑料」(という言い方はマズいかもしれないけど)的な対応も、一考すべきではないか、とも思うのですが。


先日、知り合いの劇画原作者が家に遊びに来たのですが、彼がこんな話をしていました。

 3カ月前、引っ越しをしたんだよ。駅前のマンションに。
 賃貸マンションだし、壁が薄くて、けっこう物音が響くなあ、って気になってはいたんだけど、場所はいいし、家賃もけっこう安かったから。
 僕と妻と3人の子どもで住んでいたんだけど、隣の部屋の物音が聞こえやすいのもわかっていたから、なるべく騒がないように、って、子どもたちにも注意してたんだよね。
 小学生2人と3歳の子ども1人だから、なかなか難しいとは思ったんだけど。


 それで、しばらく暮らしていたんだけど、1か月前に、大家さんから電話がかかってきたんだ。
「下の部屋に住んでいる人が、お宅の物音がうるさい、って仰っています」って。
 ああ、それは大変申し訳ないことをしたなあ、子どもたちが騒いでいたのかなあ。
 妻に聞いたら、「うーん、お昼のそのくらいの時間(15時くらい)は、子どもたちがちょっと家の中を歩き回っていたかもしれないけど、そんなに騒いでいた、って記憶はないんだけど……」と困惑していたんだよね。


 それでも、苦情が来たのは事実なので、みんなで静かにしようね、って、気をつけて暮らしていたんだけど、数日前に、また大家さんから電話があって。
「下の部屋の人から、また『うるさい』って、苦情がきてます……」
 朝の7時過ぎくらいのことを言っているらしいのだけれど、その時間って、子どもたちは学校へ行く準備をして、朝ご飯を食べ、下の子は保育園に連れていって、と、とにかく慌ただしい時間帯で。
 それでも、その日、そんなにうるさくしていたつもりはないし、最初の苦情以来、ことあるごとに「騒がないようにしようね」って気をつけてきたのに……


 生活のリズムとか、「騒音」についての閾値は、人それぞれだからね……
 でも、気をつけていてもそういう状況だと、つらいよね。
 で、どうなったの?

 いや、もう引っ越すことにしたよ。まだ住んで間もないから、荷物も少ないし。
 もともとマンションの防音が不十分、っていうのはあるのだけれど、正直、短期間に2度も苦情が来て、しかも、朝の時間の生活音で苦情を言われるような状況で、ずっと住み続けるのは難しいと思うから。
 大人なら気をつけていられるかもしれないけれど、子どもたちが家にいるあいだずっと「静かにしなさい!」って息をひそめさせるのはあんまりだし、そもそも、そんなこと無理だし。


 話し合ったりすることは、できないの?

 関わらないほうがいい、怖い、というのが僕と妻の結論で。
 もし仮にそこで顔を合わせて、「手打ち」をしたとしても、あのくらいの生活音でピリピリするような人たちと接点をもつと、子どもに危害を加えられるんじゃないか、とか、心配になってきたんだよ。
 前に、ピアノの音がうるさい、っていう理由で殺人事件が起こったこともあったよね。
 まあ、賃貸で良かった、と思うことにするよ。持ち家だったら、こんなにすぐに「撤退」できなかったから。


 伝聞なので、彼の一家が本当は大騒ぎしていた、という可能性も否定はできない(そういう人たちではない、と僕は思っているけれど)。
 「うるさいものは、うるさいのだ」という人に「我慢しろ」とも言えないだろう(その人たちのほうが先住者でもあるのだし)。
 となると、結局のところ、こういう解決策しかないのだよね。
 自分たちの身の安全を第一に考えるのであれば。
 「うるさいなんて言うほうがおかしい!」って押しつけても、感情的にこじれるだけだし、大事な人が傷つけられるには、たった1人の、たった一瞬の悪意で十分なのだから。


 あの保育園の話を聞いて思ったのは、「もし僕が親だったら、そんなに地域住民とこじれている保育園には、預けたくないな」ということだったのです。
 彼らの悪意が子どもに向かう、とは限らないのだけれど、やっぱり、心配にはなるだろうから。


 「迷惑だと思わない」86%、「迷惑だと思う」6%でも、個々の人の中の善意と悪意が86対6になるわけじゃない。
 安定した、平和なコミュニティを破壊するのは、ひとりの引っ越しおばさん、一軒のゴミ屋敷で事足りるのです。
 現実的には、「100%の人が歓迎」なんてことはないのはわかる。
 でも、この「6%」というのは、けっして、軽んじることができる数字ではないと思います。


 人間、生きていると、望まない人と、望まない形で「つながってしまう」ことがある。
 ネットなどは、とくにそういうことが、起こりやすい場所で、ストーカーみたいな人につきまとわれてブログを閉鎖した、などという話も、いくつか知っています。
 集団相手の「炎上」は怖いけれど、たったひとりの感情も、甘くみてはいけない。


 現在居る場所の「安心・安全」なんて、本当に脆いものなんだよね。
 大きな災害にみまわれることがなくても、誰かひとりが巻き起こす「不安」や「歪み」で、コミュニティは、けっこうアッサリと崩壊してしまう。
 もしかしたら、自分自身も、誰かにとっての脅威になっているのかもしれない。


ルポ 保育崩壊 (岩波新書)

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