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いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「『ドラゴンボール』は、フリーザ編で終われていれば、みっつめも描けたんじゃないかな……」

blog.fujitv.co.jp


CSのフジテレビONEで月に1回放送されている『漫道コバヤシ』という番組がありまして。
日頃はあまり表に出ない漫画家さんたちや編集者が、大の漫画好きのケンドーコバヤシさんと「漫画」について熱く語り合う、好きな人にはたまらない内容なんですよ。
この#15、「伝説の編集者 鳥嶋和彦さんと週刊少年ジャンプの歴史を振り返るSP!」(初回放送は2015年4月)の再放送を「おお、Dr.マシリト!」などと呟きつつ観ていたのですが、そのなかで、鳥嶋さんが、『ドラゴンボール』について、「フリーザ編で終われていれば、みっつめ(の鳥山明先生のヒット作)も描けたんじゃないかな……)」と仰っていたのがとても印象的でした。
週刊少年ジャンプ』を支える稀代の人気漫画だっただけに、『ドラゴンボール』は、なかなか終わることが許されず、鳥山先生も葛藤しながら描いておられたそうです。
結局、鳥山先生は、『Dr.スランプ』と『ドラゴンボール』を交互に利用して(+『ドラゴンクエスト』シリーズのキャラクターデザインで)ずっと食べていっている(というか、ものすごく稼ぎ続けている)のですよね。
「たった2作で……」と一瞬思ったのですが、考えてみれば、「最近の漫画家としては、超大ヒット作って、2作あれば十分」なのですよね。
いや、昔の漫画家でも、赤塚不二夫先生だって、「大ヒット」と言えるのは、『おそ松くん』と『天才バカボン』の2作だものなあ。赤塚先生の場合は、ギャグマンガ家はストーリー系に比べて、消耗が激しい、というのもあるのでしょうけど。


この番組のなかで、鳥嶋さんは、『ウイングマン』の桂正和先生は最初の頃、描く女の子に全く魅力がなくて、「いろいろ見せて」研究させた、とか、『スラムダンク』の終了に関しては「どうしても作者があそこで終わりにしたかったのではないか(これ以上、彼らの闘いを描き続けることは(井上雄彦さんの)美学に反していたのではないか)と仰っていたのです。
ちなみに、『スラムダンク』は、ジャンプのなかでも極めて珍しい「最終回に表紙になった漫画」だそうで、それまでのジャンプは、どんな人気作の最終回でも、表紙にすることはなかったんですね。
それは、未来志向というか、「終わる漫画よりも、これからの漫画をアピールしたい」という考えのもとに。
でも、鳥嶋さんによると、『スラムダンク』終了の表紙の際には、「編集部側としても、『また次の作品も描いてね』と漫画家のイメージアップをはかる狙いもあった」そうです。
今から考えると、「専属契約」で漫画家を縛ってきた『ジャンプ』の「雑誌の側、編集側の力が圧倒的に強い時代」からの変化の象徴が、あの「最終回での表紙」だったのかもしれませんね。


話を戻しますが、『週刊少年ジャンプ』の漫画が、人気作の場合、なかなか終わらせてもらえない(逆に、人気がなければ、唐突に10週で打ち切られる)というのは、よく知られています。
北斗の拳』の最後のほうとか、「これ、もう終わらせてあげようよ……」と、当時の僕も痛々しく感じていたものです。
鳥嶋さんによると「そういうのは読者にも伝わって、引き延ばしていくと、人気が急激に落ちていく」のだとか。
それがわかっていても、なかなか「終わり」にできないのが経営側の判断、というもので、懇意の編集者やお世話になってきた雑誌に頼まれたら、終わりたくても、なかなか終われない。
漫画家側としても、「モチベーションが低下してしまって、もう終わりたい」という気持ちの一方で、周囲の意見や、もしこれが終わったたとして、次回作が同じくらいヒットするとは限らない、という不安もあるので、なかなか踏ん切りがつかないまま、ダラダラと続けてしまいがちなのです。
ただ、『週刊少年ジャンプ』も、最近は、引き延ばしは少なくなってきているみたいです。
暗殺教室』の松井優征さんは、かなり前から「2016年3月の映画『卒業編』の公開時期に漫画も完結させることにしていて、どの回に何を描くかも決めていた」そうですし。


この鳥嶋さんの言葉「フリーザ編で終われていれば、みっつめも描けたんじゃないかな……」には、編集者としての鳥嶋さんの後悔と、おそらく、鳥山先生は、もう長篇漫画を描くことはないだろう、という確信めいたものを感じます。
鳥山先生は、1955年生まれで、いま61歳だから、うーむ、確かに長期連載はキツいだろうなあ。


物事を「やめる」というのは、ネガティブな判断だと思われがちなのですが、人間にとって時間が有限である以上、何かをやるためには、何かをやめなければならない、という場合もあるのです。
もちろん、やめることがプラスになるとは限らないし、『笑っていいとも』や『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のように、「マンネリ」と言われながらも長年続けているうちに「定番」としての強みを得る場合もあります。
「終わるべきときに終わる」というのは、本当に難しい。
それが、うまくいっていればいるほど、決断の時期を誤って、時間を浪費してしまうこともあるのです。
まあ、これはあくまでもifの話で、「フリーザ編の後も含めて『ドラゴンボール』」だと僕も思うんですよ。
その一方で、鳥山先生の「みっつめ」を読んでみたかったな、という気持ちも、やっぱりあるのですよね。