いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「日曜のお医者さん」がネット世界の片隅で愚痴ってみたよ。

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僕自身も当直をすることがあります。
きついし、年々当直中の疲労と苛立ちが強くなっているのを自覚しているからしたくないんだけど。
この北条かやさんの発言については、「まあ、患者さんの側としては、『わざわざ休日救急外来まで受診したのに、希望した薬は出してもらえないし、7000円もとられるし……」って愚痴りたくなる気持ちもわかるんですよね。
僕だって、自分が薬を処方してもらうと、「けっこうお金かかるよなあ」って思いますから。
僕の場合、保険の関係で、負担割合はかなり低くなっているのですけど。


こういうのって、お互いにとって不幸だとしか言いようがない。
たぶん、多くの「医療クラスタ」の人たちは、北条さんが「社会学者」として著書があったり、メディアに露出していなければ、「まあ、普通の患者さんが『高い』って思うのも、しょうがないか、こっちはこっちで大変なんだけど」くらいで我慢したのではないかと。
北条さん自身は、Twitterで、「ありがちな日常の愚痴」を言っただけなのに、なんでこんなにバッシングされるのか、と思っているのではないかなあ。
で、批判されても「自分は休日診療の医療費が高いことの理由くらいわかってます!」と答えて、さらに燃料を投下してしまった。


病院というのを運用するのは、けっこう人手が必要なのです。
ある程度以上の規模の病院で、休日救急外来を、ある程度以上(いちおう、緊急入院が必要なレベルだとわかって受け入れられるていど、としておきましょうか)の重症患者まで想定して開けるとすると、診療する医者(だいたい、内科・外科・小児科が各1名、くらいがあまり症状がひどくない患者さんの救急搬送を受け入れられる病院の最低ライン)と最低5人くらいの看護師、検査技師にレントゲン技師に事務の担当者が必要となります。もちろん、これとは別に、病棟は病棟で、夜勤の看護師や警備の人などが働いているわけです。
人件費だけでも、けっこうお金がかかるんですよね。


当直をする側(といっても、僕は医者として働いたことがないから、僕のケースとして聞いてください)からすると、「今日も朝からずっと仕事をしていて、今夜もほとんど眠れそうもない。明日も朝から外来に検査、ほんとキツいな……」という状況なわけです。
もちろん、「当直代」的なものをもらってはいるのですが、アルバイトで行った場合はさておき、常勤医の当直というのは「給料に含まれている」ということになっていることが多くて、原則的に、かなり低い手当が加算されるだけです。
このお金返すから、あるいは同じだけ払ってもいいから、当直ナシにしてくれないかな……と言っている医者はたくさんいます。
いや、ほんと、つらいんですよ当直って。僕が対人援助職に向かない人格だからなのかもしれないけれど、夜中ずっと働き詰めで、運良く束の間の横になれる時間がとれても、どこかで救急車のサイレンが鳴っているような気がする時間を過ごしていると、本当に命が削られているんじゃないか、って気がする。
そもそも、医者にはそれぞれ専門があって、内科外科小児科産婦人科、というような大きな区別じゃなくても、内科のなかでも棲み分けがなされています。
同じ「内科の当直」でも、消化器内科医にとっては、循環器「内科」であっても、心筋梗塞の患者さんが来たら、「循環器の医者を呼ぶ」か「心臓カテーテルが緊急でできる病院に搬送する」しかない。
その一方で、病院の上層部というか経営サイドは、これだけコストがかかる病院という組織を運営していくために「稼がなくてはならない」とお金寄りの考えかたをしていることが多いんですよね。

で、ホームページには「24時間、どんな病気でも受け付けます!」と「出前迅速」みたいなセールストークが書かれている。
それを見た患者さんがやってきて、医者は「いやこれ俺の守備範囲じゃないんだけど」と嘆き、患者さんは「お前らは、いつでも何でも診るって、宣伝してたじゃないか、ほらこのホームページみてみろ!」と激怒することになる。


日本の医療が、アメリカの医療が……という話もあるみたいですけど、僕からすれば、「当直医のライフはもうゼロなので、これ以上は無理です」としか言いようがない。
この北条さんの「ありきたりな愚痴」(「最近キャベツが高くて困るわねえ」とそんなに変わらない意識での発言なんじゃないかと思う)に対しても、「なんでこんなにキツい当直をしているのに、いくら患者さんを診ても仕事が増えるばかりで給料が上がるわけでもないのに、そんなふうに悪いことして金儲けしているみたいに言われなきゃいけないんだ!」って言い返したくなるほど、当直をやっている医者は、疲れて、苛立っているのです。
眠れない、仮眠していても、いつ起こされるかわからない、翌朝からも普通に仕事の32時間連続労働って、本当にきつい(そして、大概32時間では終わらない)。
実際にやってみると、「きついのに、眠いのに眠れない」ってほんとうに大変です。
僕は「私は寝てないんだ!」って言って大バッシングされた雪印の社長の気持ち、わかるよ。
どんなにきつくても、対外的には、言ってはいけないことだったんだろうけどさ。


そういう仕事を選んだのは、お前らだろ、という批判があるのも承知しています。
でも、人間いつまでも若くはないし、みんなが就職したときの熱意を持ち続けられるわけでもない。
そして、現実として、医者のなかでも、キツい仕事を忌避する流れは加速してきています。
救急医療や産科、小児科、外科などは、若い医者には敬遠されることが多くなっているのです。
結局のところ、「やりたくない人も、半強制的に当直をやっている」ことによっていまの日本の医療体制というのは、なんとかやっていけているのです。
訴訟のリスクや「まだ救急をやっているところ」に、さらに仕事が集中してきていることなどから、「早くこの船から降りたほうがいい」と考える人は増えてきていますので、これからどうなるのかは、わかりません。


fujipon.hatenablog.com

以前、この話でも書いたのですが、「最後までがんばった人」が、結果的に悪者にされてしまうことも多いですしね。


これは本来、患者と当直医が直に批判しあうべきことじゃなくて、いまの社会の「仕組み」がそうなっているというのが「7000円」の理由であり、純粋に病院を運用するコストを計算すると、「救急外来を利用する人からこのくらいはもらわないと、採算が合わず、病院が潰れるしかない」ということなんですよね。
そして、今後の高齢化の進行にともなう医療費の高騰を考えると、この「7000円」は、上がりこそすれ、下がることはない。
子どもに関しては、医療費を無料にしたり、一律定額にする、というような自治体も多くて、役所がまったく考えていない、というわけでもないみたいですけど。


北条さんの件に関しては、体調管理をしていても風邪を引くときは引くのだから、それを責めるのはかわいそうだな、と。
大事な仕事があるのがわかっていたのなら、もうちょっと早めに受診しておくべきだろう、とは思いますが。
添付されている画像が処方された薬であるのならば、画像で判別するかぎりは、ごく普通の「(インフルエンザ以外の)上気道炎に対する対症的な処方」であり、少なくとも「咳止めとビタミン剤(だけ)」ではないようです。
風邪に特効薬はありませんし。
ときどき、すぐ良くなるように注射してくれ、とか点滴してくれ、と仰る方がいますが、熱を下げる注射は副作用のリスクが高いので、現在では風邪の解熱には(ほとんど)使われません。また、点滴は経口で水分が摂取でき、ひどい脱水状態でなければ不要です。


処方の内容くらいは、社会学者で医療のことも知っていると仰るのであれば、ちゃんと調べる、あるいはそれが無理なら、わかるように画像を添付してくれれば良いのに。
そうすれば、ネットで、誰かが調べて教えてくれますよ。


北条さんには、この「7000円」を安くするには、どうすればいいのか?と考えてほしかった。
率直なところ、僕にはその方法は「税金を上げるか、その使い道を変えるか、救急医療のハードルを上げて、限られた患者さんを集約的な救急医療センターみたいなところだけで診る」しかないように思われます。


id:kounotori0305さんが仰っているように「風邪で病院を受診する」ということに対しては、正直、「このくらいなら、わざわざ夜中に救急外来に来なくてもいいのでは……」と感じることもあります。
「熱が36.3度、のどがちょっとイガイガするので気になって来ました」
うーむ。
「(90歳。ほぼ終日ベッドに臥床)4日前から39度の熱があって、ずっと食事も入らずにきつそうだったんですけど、かかりつけの先生が日曜日は休みなので来ました」
うーむ……


病院で仕事をしていて痛感するのは「ちょうどいい時期」に受診してくれる人って、本当に少ないということなんですよ。
「このくらいでわざわざ病院に来なくても……」と「なんでこんなになるまで連れてこなかったの?」が多い、本当に多い。
「ちょうどいいタイミング」で病院に来るのって、難しいんですよね。
こちら側としては、それを望んでしまうのだけれど、僕だって患者側になったら、それをうまくやれる自信はない。
それもわかるんだけど、現実的にカルテの山があって、診察室の外からは「何時間待たせるんだ!」という怒鳴り声が聞こえてきて……という状況が続くと、心底うんざりするのです。
そこに、「比較的症状が軽そうなのに受診してくる人」や「ここまで悪くなるまでずっと放置していたのに、あえて夜間救急を受診してきた人」がやってくる。

なんだったら、ここをガラス張りにして、いま怒鳴っている人に、中を見せてやりたいよ、とか思う。
みんな、きつかったり痛かったり、自分のことで必死なんだろうけど、こっちも本当に余裕がない。
疲労困憊しながら、なんとか仕事をやっているのに、罵声を投げつけられたり、やればやるほど「あそこは救急車を受けてくれる」と仕事が増えたりする夜は、本当につらい。
仕事は、やればやるほど減るって、嘘だよ。
仕事って、やればやるほど、増えるんだ。
たくさん患者さんを診れば、入院は増え、出さなければならない指示も増え、書類書きも増え、重症の人も増える。
救急車も「打診しても受けてくれない病院」には救急隊も連絡しなくなり、「あそこは受けてくれる」となると、どんどん搬送しようとしてくる。


……僕は、「手を抜く技術」と「周囲からみて、頼りなさそうな感じ」が奏効して、なんとか生き延びてきましたが、多くの「断れない人」が、潰れて、あるいは潰されてきたのをみてきました。

わたしたちはためらわずに言うことができる。
いい人は帰ってこなかった、と。
        (『夜と霧』(ヴィクトール・E・フランクル,池田香代子訳)


こういう話が、結局のところ「北条かやさんという個人へのバッシング」にとどまってしまって、「これからの救急医療についての、患者と行政と医療従事者とのコミュニケーション」につながらないのは残念です。


まあでも、「医者クラスタ」とはいうけれど、「医者クラスタ」というのも、勤務医と開業医、若手とベテランなどでは立場や考え方が違っていて、けっして「一枚岩」じゃないんですよね。
当直あり、入院ありの勤務医と、親からの開業医を受け継いだ人とでは、同じ「医者」でも利益が相反することもある。
「この高齢の患者さん、とくに具合が悪くはないんですが、同居している家族が旅行に行くそうなので、そのあいだ、そちらに入院させてください」
「連休前の夕方なので、そちらに行っていただきました」
という「紹介」を笑顔で引き受けられる勤務医は、そんなに多くはないはずです。
そもそも、「患者さんを診るほど自分の収入につながる」という開業医と、「どんなに働いても、ギャラはおんなじ(いまは、高度な処置や手術について、インセンティブがつく病院もあるそうです)」という勤務医は、同じ「医者」でも、経営者と労働者ですしね。


それでも、やっぱり「医療」という世界のなかで、つながっているところもある。


僕は10年前くらいに、院長が急病で入院したという田舎の昔からの開業医にアルバイトに行ったことがあるのです。
僕は当時、大学病院と地方の基幹病院+市中病院での当直くらいしかやったことがなくて、正直「風邪くらいで病院に来なくても……どうせ特効薬なんて無いんだし」と思っていました。


その田舎の開業医には、朝から大勢の患者さんがやってきました。
近所の高齢者が、ニコニコしながらやってきて、友達のような言葉遣いをする中年看護師と和やかに世間話をして、血圧の薬やコレステロールの薬をもらって、帰っていきました。
そして、「風邪」の人が大勢やってきて、その「喉が痛い」とか「ちょっと熱がある」とか「咳止めをくれ」というような要望に答えることになったのです。
みんな「わざわざ病院に来るほどじゃなさそうにみえるけれど、ちょっと心配だから、あるいは症状を抑える薬が欲しいから診せにきた」という人たちです。
帰りに、車を運転しながら、僕はこんな医療の世界もあるんだな、と考えていました。
ずっと血圧の薬とか風邪薬を出すだけ、みんなもわかっていて、本当に「ひどい病気」のときには「街の大きな病院」に行くという暗黙の諒解になっている。
でも、こういう病院があるからこそ、「ちょっとした風邪」や「血圧の薬のみ」の患者さんで、大学病院の外来が溢れることが無いのだな、って。
ああ、僕は自分が「大きな病院」に属しているというだけで、こういう病院を内心バカにしていたけれど、これもまた大事な「医療」なんですよね。
そうやって、役割分担しているからこそ、お互いにやっていけるのです。
率直に言うと、その場では「この糖尿病、もうちょっと厳格にコントロールしたほうが良いのでは……」というようなことを感じた人もいたのですけど。


最後に申し添えておくと、こういう現状ではありますが、現場の医療関係者のほとんどは、かなりキツい状況のなか、命を削って「自分の仕事」をやっております。
もうちょっとなんとなかならないのか、とみんな言いながらも、現状はほとんど変わらない。
ついていけなくなった人を振り落としながらも、列車はなんとか運行されている。
結局、大きな事故が起こらなければ、どうしようもないのかもしれない。
というか、実際に事故が起こっていても、「あの乗務員が悪かった」ということで、現場が共通して抱えている問題が見直されることもない状況が続いています。


「病気を治す」「症状を緩和し、ラクにする」というのがお互いの共通の目的であり、わざわざ喧嘩をしたり、どちらかを悪者にする理由なんてありません。
人間は、病気になるものです。
だから、お互いのために、可能なかぎりで結構ですので、なるべく日中の早い時間の受診をお願いしたいし(早すぎる時間に集中する、というのはそれはそれで困ることもあるのですが)、救急医療は「目の前の病院や医者の対応の問題」だけでないことを御理解いただければと思うのです。


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研修医当直御法度 第5版

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