いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

なぜ僕たちは「まるでテキストサイトのようじゃ!」とはしゃいでしまうのか?

anond.hatelabo.jp

どうして、はてなのおじさんおばさんは、おもしろい文章をみつけると、まるでテキストサイトのようじゃ!テキストサイトテキストサイトを彷彿とさせるぞい!侍魂みたいじゃのう!ヒャッホー!といってはしゃぐのですか。


 あらためて問われてみると、どうしてなんでしょうね、これ。
 僕も「テキストサイトくずれ」みたいなものなので、ヒャッホー!ってやってしまうのですが、今、あの妙にテンションばかりが高くて、内輪ノリで文中リンクで馴れ合い、掲示板には「面白いサイトですね!今度僕のサイトにも遊びにきてください! http何某」みたいなサイトがあったとしても、「鬱陶しい」以外の何物でもないかな、とは思うんですよ。
 でも、当時はすごく楽しかったような記憶があります。
 ただ、そういう記憶って、年とともに美化されやすい面があって、当時は僕も読んでほしくて人気サイトに絡もうとしたり、掲示板に書き込みをしていたりもしました。
 あんまり効果なかったけれど。


 20世紀の終わりから、21世紀のはじめのテキストサイト全盛時代に、僕は20代後半になってしまっていました。
 だから、テキストサイトには、さほどの思い入れはない。
 僕のなかでの、この手の「熱狂の感覚」は、テレビゲーム、とくに昔の(1980年代前半の)マイコンゲームに抱いているものと近いかもしれない。
 当時のゲームは、今のテレビゲームに比べると、グラフィックはショボいし、アドベンチャーゲームは線を引いたり色を塗ったりするプロセスが見えるくらい遅かったし(画面表示が何秒!とか、総画面数何枚!とかいうので競争していましたから。画面でアニメ調の女の子が瞬きするだけで、マイコンショップは大騒ぎでした)。3Dゴルフシミュレーションとか、「本当にコースを回るよりも時間がかかる」(処理が遅すぎて)
 たぶん、今のゲーム好きが遊んだとしたら、「何これ?」ってシロモノです。
 でも、当時の僕には、ものすごく面白かった。
 それはもちろん、「新しい遊び」だったからというのもあるし、なんといっても、日進月歩(いや、秒進時歩くらい)の勢いで、グラフィックが綺麗になり、処理速度が速くなり、音楽がFM音源の曲になり、新しいジャンルのゲームが飛び出してきたりするのを、リアルタイムで追うことができたから、というのが大きかったと思います。
 世の中で、マイナーなだったが、一般に認知され、急速に広まっていくときの「勢い」とか「急激な品質の進化」をリアルタイムで若い時期に体験すると、なんだかそれは「自分のためのもの」だったような気がするんですよね。
 だから、今でも僕は当時のマイコンゲームを愛しているし、これからもずっとそうです。
 実際に遊んでみると、1時間もしないうちに「まあ、思い出は美しいままで……」という感じになることも少なくないんですが。
 

 「テキストサイト」とか、「インターネット」への思い入れがある人たちも、たぶんそうではないかな、と。
 テレビゲームって、昔は「暗い、マニアの趣味」だったんですよ。
 少なくともファミコンまでは、そうだった。
 今は「女のくせにテレビゲームなんてやるのかよ!」なんて、誰も言わないでしょ?
 「ゲームセンターは不良のたまり場」とかいう時代があったと指摘すると、「それどこの世界線?」とか聞かれたりするわけですよ。どこからタイムリープしてきたんだ僕は。
 それが今や「ごく当たり前の遊び」になった。


 20世紀末のインターネットは「新しさ」とともに、「なんか得体の知れないもの」というイメージがありました。
 そんなの、どこが面白いの?と多くの人が思っていた。
 アダルト系のコンテンツならわかるけど、と。
 
 今みたいに、文章を簡単にアップロードできる「ブログ作成ツール」は存在しなくて、HTMLを手打ちしたり、『ホームページビルダー』に頼っている時代に「テキストサイト」は存在していたのです。
 そこまでめんどくさいことをやって、儲かりもしないのに「文章」をネットで書いている人たちがいた。
 たぶん、物心ついたときから、インターネットやブログ、SNSが身近なところにあった人たちには想像もつかないでしょうけど(僕に「電話がない世界」が想像できないように)、「インターネット」(あるいは「パソコン通信」)というものが普及するまでは、「素人が書いた文章」って、ほとんど読む機会がなかったのです。
それこそ、学級新聞かポストに放り込まれる怪文書以外は。
印刷されて、みんなに読まれるのは、作家や編集者などのプロによるものだけだった。
もちろん、雑誌やラジオ番組には「ハガキ職人」がいて、彼らは僕の憧れではあったのだけれど、それはあくまでも「作品」でした。
素人が書いた「どうでもいいような、日常のこと」を読めるようになったのは、インターネット以降なんですよ。
ネット初期には、専門職の人が仕事内容を詳しく書いていたり、お見合いの体験記があったり、既婚女性が不倫日記を綴っていたりもしていて(たぶん、いまでもネットの片隅には、そういうものも残っているんでしょうけど)、それは僕にとって強いインパクトがあったのです。
基本的に、「プロの物書き」になるには、けっこうハードルが高くて、「もともと有名だった人」か、「物書きとして生きることに覚悟を持っている人」じゃないですか。
でも、ネットというツールの便利さは、「そこまでの覚悟はないけれど、少しだけものを書きたくて、読んでもらいたい人」に機会を与えることになったのです。
おかげで、「炎上」したり、人生を狂わせた人もいるし、そこから「書く専門家」になっていった人もいます。
しかし、現在のネットは、「世の中の大多数の人が触れるツール」になってしまっているので、そういう「弱虫な表現者」たちの居場所はものすごく狭くなりました。
メジャーになって、お金も稼げるようになったけれど、「放送コード」みたいなものは、厳しくなってしまったんですよね。
まあ、そういうのが「一般化」ということではあるのでしょう。
テレビゲームも、昔は「有名アーケードゲームのパクり」みたいなものが当然のように売られていたのだよなあ。

テキストサイト時代、インターネット黎明期には、「インターネットは、世の中を変えてくれるのではないか」という期待感がありました。


「それぞれの人の年齢や立場をこえた、内容だけで正邪が判断される公平な議論の場ができる」
「世界中の人たちは、ネットを通じて、直接わかりあえる」
「見た目ではなく、言葉で他人とつながることができる」


結果的に、これらは「幻想」でしかなかったんですけどね。
言論は「自分の身分や社会的地位・人気を背景にする人」と「名無しさんとして、調子に乗っている人を叩き落とす人々」に二極化し、日本人の大部分は「日本語の枠内」に留まっているし、最近のネットはむしろ「これまでの友人・知人とのコミュニケ—ションを密にするツール」として使われている。通信速度が上がり、ちょっと重い画像が送れるようになったら、すぐに「顔写真送って!」


三丁目の夕日』の時代、高度成長期のことを、多くの日本人が「あの頃はよかった」と懐かしんでいる、という話を耳にします。
でも、当時はテレビゲームもiPhoneもなかったし、クーラーも家に一台あるかどうか(テレビの「チャンネル争い」なんて、信じられますか?)、癌になった人はよほどの早期でないかぎり余命が現在よりずっと短かったし、外食もめったにできなかった。
人は過去を「美化」しやすいのです。
現代人が客観的にみれば、当時は「ずっと不便な時代」だった。


ただ、当時の日本人には「これから、もっと日本は、自分たちの暮らしは良くなるはず」という「希望」だけはあったんじゃないかと思うのです。
そして、実際にその「良くなっていくプロセス」を体験できていた。
これはまさに、僕がマイコンゲームに感じていたことと同じなんですよ。


テキストサイトテレホーダイのインターネットが面白かったというよりは、当時のネットには、この先、きっとこれが自分たちの生活を変えてくれるはず、という「希望」があったのだと思います。
結局のところ、人がその時代を美化できるかどうかって、そこに「希望」があったかどうかって、すごく大きいのではなかろうか。


ちなみに、株式会社KADOKAWADWANGO 代表取締役社長、および株式会社ドワンゴ代表取締役会長の川上量生さんが『鈴木さんにも分かるネットの未来』のなかで、こう仰っています。

 旧世界の代名詞としての”リアル”と新世界の代名詞としての”ネット”。リアルとネットという言い回しには、ネットはリアル=現実世界とは通用する常識が異なる別世界であるというニュアンスがあると冒頭で書きました。


 なぜ、ネットがリアルと異なる別世界にならなければならなかったのか。それはインターネットでビジネスをしようとする人が、インターネットはリアルの世界が進化した新しい世界だというような説明をしたほうが、都合がよかったからでしょう。


 インターネットは資本市場と結びつくことで、バーチャルなビジネスプランから現実のお金を集める装置として機能するということは説明してきました。


 その際に、リアルの世界と鏡像関係にあるような未来のネット社会、という単純なモデルは他人に説明するビジネスプランをつくるときに、とても使いやすいのです。


 新聞、雑誌などのオールドメディアに対するネットメディアという図式。広告代理店に対するネット広告代理店。証券会社に対するネット証券。銀行に対するネット銀行。ネット生保にネット電話にネットスーパーと、なんでもネットをつければ新しいビジネスモデルができるのです。


 現実に存在しているビジネスのネット版という分かったような分からないような単純なアナロジーで、ビジネスモデルが簡単につくれる。そしてバーチャルなビジネスモデルができればリアルなお金が集ってしまう。

 ベンチャービジネスの中でも特にITベンチャーにお金が集中してITバブルが起こった背景には、ネットとつければとにかく簡単にネタになる新しいビジネスモデルがつくれてしまう、そういう構造があったのです。


 なんでもネットをつければビジネスプランができてしまう現実は、どういう根拠によって支えられていたのかというと、それはインターネットにまつわるビジネスというものは、ほとんどすべて本質的には安売り商法だからです。


 インターネットを利用することにより、あらゆるサービスや商品を安く、あるいは無料で提供する。そして安かったり無料だったりするからお客が集る、というあまりにも単純であるが故にあまりにも万能なモデルです。


 ネットが普及すればするほど、単なる「プロセスを簡略化することによる、安売り商法でしかない」ことがわかってきました。
 それはとても重要なことだし、世の中を大きく変えたともいえるのだけれど、人間の本質が変わることはなかったし、人間の仕事を減らしてしまった。
 でも、また新しい「希望」は必ず生まれてくる。
 それが何か、どこにあるかはわからないし、もう、すでに見つけている人もいるのかもしれないけれど。
 人間は、それをずっとずっと繰り返してきたのだから。


 増田さんや僕の子供たちも、いつか、何かに対して、心の中で、「ヒャッホー!」って呟くことになるんじゃないかな。
 それが懐古主義であっても、ヒャッホー!がある人生は、ない人生より、たぶん、ちょっと楽しい。


fujipon.hatenablog.com