いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

駐車場で起こった「料金ゲートおばさん」と「軽自動車の男性」の悲劇

先日、ごはんを食べに行ったときの話。


食事を済ませ、店の駐車場から出ようとしたときのことでした。
出口のゲートの前で、運転席の人(おばさん)が、なんだかモゾモゾやっていたのです。
ゲートは、なかなか開かない。
その店は、店内で食事をすると、2時間くらいの無料駐車券をもらえるのですが、駐車券そのものを無くしてしまったのか、手持ちの小銭がなかったのか、なんだかちょっと慌てた様子です。


けっこう遅い時間になっていたし、子どもたちも一緒だったので、僕たちも「早く帰りたいなあ……」と、やや苛立ちつつ、出口の様子を眺めていると、運転席のドアが開いて、そのおばさんが、後ろに並んでいた車の若い男性に軽く頭を下げ、何かお願いをしました。
この流れからすると、なんらかのトラブルで、ゲートの前の車は一度その場を離れる、ということになるのだろうな、と。
おばさんの深刻な表情でのお願いをきいた後ろの車の若い男性は、急いで車をバックさせました。


あっ!と僕が叫んだのと、ガチャン、という音が響いてきたのは、ほぼ同時でした。


その男性が運転していた軽自動車は、勢い良くバックした際に、駐車場内の標識に後ろを激しくぶつけ、後部の真ん中に標識の支柱がめり込んでしまいました。
呆然としつつ、車から降りてきて、しょげかえっている様子の若い男性。


ゲートの前を占拠していたおばさんにも、状況はわかったはずなのですが、おばさんはとくに反応を示すこともなく、ようやく駐車券を見つけたのか、そそくさと車をゲートから出し、その場を去っていきました。


ひどい、ひどいよおばさん、あなたがゲートの前でトラブルを起こし、慌てた様子であの若い、人のよさそうな男性にプレッシャーをかけなければ、あの人は、こんな自損事故を起こさずに済んだのに!


……と車の中で憤り、妻とも「なんかひどい話だよね……」と言い合っていました。


でも、考えてみれば、その「料金ゲートおばさん」に、何か具体的な責任とか罪とかがあるというわけではない。
ゲートの前で駐車券が見つからないとか、小銭が足らない、あるいは、ETCカードが期限切れだった、みたいなことは、誰にでもありえる程度のトラブルだし、おばさんは、後ろの車に「悪いけど、一度下がってくれませんか」と頼んだだけ、なんですよね。
しかしながら、このおばさんの「もたつき」がなかったら、若い男性は、こんな派手な自損事故を起こすことがなかったはずで、本人にとっては、「なんでこんなことに……」って気持ちだろうなあ、と。
おばさんの深刻さに押されて、慌てて後ろを確認せずに下がってしまったのは、彼自身のミスではあるし、法律とかのレベルでいれば、脅迫されたわけでもなく、自分でプレッシャーを感じてしまっただけです。
ただ、こういう状況だと、大きな自然災害のときのように「運が悪い」と割り切るのはなかなか難しいだろうし、「100%自分が悪かった」と受け止めるほどの潔い人も、そうそういないと思います。
現実的には「自分で責任をとるしかない」のですけどね。
「人身事故でなかったのは、不幸中の幸いだった」のですが、第三者にとってはそうでも、本人にとっては「起こさなくてもいい事故を、他人のミスを引き金に起こしてしまった」というのは、「不幸中の幸い」ではないだろうし。


僕も「慌てていたり、焦っていたりする他人をみると、自分も影響を受けて動揺してしまうタイプ」なので、これは見ていて、すごくつらかった。
そして、あらためて思ったのは、こういう「せかされていたり、周囲が慌てていたりする状況ほど、その感情や状況に巻き込まれないようにしなければならない」ということでした。
ゆっくり周囲を確認してからバックしても、所要時間って、数分くらいしか変わらないはず。


世の中には「ちょっとした時間や手間」を惜しんだために、かえって、大きな時間や手間を失ってしまうことって、けっこう多いのです。
僕も以前、当直に行っていたアルバイト先の病院から帰ってくる際に、大雪で地面が覆われているなか、「早く自分の病院に戻らなくては!」と車で出発し、スリップしてヒヤリとした記憶があるのです。
そんな思いをして、ようやくたどり着いた30分後に、雪が溶けて、道路が走りやすくなってから家を出た、という同僚が到着したのです。
世の中の焦ってやることの大部分は、その焦りやリスクほどのメリットはありません。
僕は国家元首や大企業の経営者でもないし、それで事故でも起こしてしまえば、一生、苦しむことになるかもしれない。


焦っているときほど、一度、深呼吸を。
他人の焦りに、巻き込まれないように。


こういう、「なんだかもどかしいし、自分が悪いのか?と言いたくなるのだけれど、自分で責任をとるしかないこと」って、世の中には少なからずあるのですよね。
僕自身、「料金ゲートおばさん」にも「焦りに感染して、車をぶつけてしまった不運な男」になる可能性もあるので、なんだかとても身につまされる出来事でした。