いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

『完全自殺マニュアル』を、知っていますか?

「元少年A」が書いた『絶歌』という本についての、担当編集者へのインタビューがありました。

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僕は『絶歌』未読なのですが、ここで紹介されている担当者の言葉を読むだけでも、いろいろと考えさせられます。

「手記を読んだとき、個人的にすごいなと感じたのは、彼が少年院を仮退院した後、保護司さんや里親、更生保護施設などから、ものすごいフォローを受けていたことです。罪を犯した少年が更生するために、これだけ様々な人が力を貸しているんだということを、ある種の驚きを持って読みました。


ここは、全然知られていないところです。少年を更生するために、いろいろな方々がほとんどボランティアみたいな形で力を尽くしている。もちろん、制度について大まかな話を聞いたことはありましたが、ここまで細やかなフォローをしながら、社会に慣れさせて、段階を踏んで更生する形になっているとは・・・。今回、手記を読んで、初めて知りました」


僕みたいに「もう何をやっても『償える』ようなものじゃないだろ、せめて静かにしていてくれれば良いのに」と考える人間がいる一方で、あのような事件を起こした「少年A」の更生のために、「ボランティアみたいな形で」力を尽くした無名の人たちもいたのだなあ、と。


この『絶歌』が太田出版から発刊されるときいて、僕は、同じ太田出版から1993年に出た、ある一冊の本のことを思い出しました。
その本は『完全自殺マニュアル』。
さまざまな自殺のやり方について書いてあるこの本は、当時(僕が20代はじめのころ)大きな話題となりました。
「この本を読んで、自殺者する人が増えたらどうするんだ!」と、当時は非難囂々だったんですよね。
二百数十ページの内容のほとんどが「自殺の仕方」で、「手首は浅く切っても静脈しかないから死なない」とか、「飛び降り自殺は、途中で意識が無くなってしまうから、(たぶん)痛くない」(このくらいの高さから落ちると死ぬ、なんてことも書いてありました)、いちばんラクそうな自殺方法は「酒を飲んで凍死」、「公共交通機関を利用しての自殺は莫大な賠償金を請求されるリスクがある」など、実にさまざまな「自殺に関する予備知識」が満載の一冊でした。
僕が買った『完全自殺マニュアル』は実家にあるので、うろ覚えでこれを書いているのですが、20年以上前に読んだにもかかわらず、けっこう内容を(アバウトながら)覚えているというのは、当時かなりのインパクトがあった、ということなのでしょう。
いちばん記憶に残っていたのは、「クマ」。
自殺するために『クマ牧場』のクマがたくさんいるところに飛び降りてクマたちに弄ばれた、という人の話なんですけどね。
まあ、それはクマのせいじゃない。
あれ以来、行ってないなあ、クマ牧場。
もっとも、そんなに高頻度に訪れる場所じゃないとも思いますが。


完全自殺マニュアル』は、発売時、「自殺を助長する本」として大バッシングを受けたのです。
「これを読んで、自殺する人が増える」と危惧する大人たちが多かった。
でも、興味本位でこの本を手に取った当時の僕や知人たちは、むしろ、「なんか、読むだけでお腹いっぱいって感じで、わざわざ死ななくてもいいや」「いつでも死ぬ方法がある、と思うと、ちょっと気分が軽くなった」のです。
僕の知人たちも、多くがこの本を持っていたんですよ。あのときは「ちょっとサブカルかぶれの連中の必読書」みたいな感じにもなっていました。
ミリオンセラーにもなっていますしね。
「自殺のためのマニュアル」がこんなに売れたというのは、あらためて考えてみるとすごいことです。


完全自殺マニュアル』が発売されてから20年以上経ちますが、結局のところ、この本を読んだことそのものが理由で自殺をしたことが証明されている事例は、ひとつも無いと言われています。
自殺した人に、この本を読んだ形跡がある、という話はいくつか聞いたことがありますが、自殺というのは基本的にやむにやまれぬ衝動、みたいな場合が多いのでしょうから、「まず自殺したい、しなければという前提があって、その手段の選択においては『有効利用』されていた」のかもしれません。
ただまあ、「だからこの本は有害なのだ」と言い始めると、その後急速に流通し、さまざまな人に、自殺の方法や爆弾のつくりかたを教えたり、デマやイジメを蔓延させるツールとなった「インターネット」のほうが、はるかに「有害」ではありますよね。


あれから20数年経って考えてみると、発売当時には、あれだけ「有害図書」として名を馳せた『完全自殺マニュアル』も、結局のところ、社会に対してそんなに大きな害を与えたわけではない(少なくとも、その証拠はない)のです。
ヒトラーの『わが闘争』とか、ストウ夫人の『アンクル・トムの小屋』とか、最近では『チーム・バチスタの栄光』とか(このシリーズのおかげで、原因不明死の患者さんへの画像検索はかなり一般的なものになったと思います)、多かれ少なかれ、社会のシステムに影響を与えるような本というのもあるのですが、スキャンダラスな騒がれかたをして、大ベストセラーになった本って、案外、時間が経つと「そんなのあったねえ……」とアッサリ忘れられ、ブックオフで100円でも売れずに倉庫に積みあげられているものなのです。


『絶歌』も、おそらくそんなふうに「消費」されていくのではないかと思います。
遺族の悲しみだけが、上書きされていく。


太平洋戦争後、社会問題となるような本を出したという理由で潰れた出版社を僕は知らない。
でも、本が売れないことが原因で潰れた出版社はごまんとあります。


「こんなの読んで子どもが悪影響を受けたらどうするんだ!」
たぶん、僕やあなたが「読むと悪影響を受けそう」だとわかるレベルの「有害さ」って、世の中のほとんどの子どもも同じように感じるはずです。
読者には、けっこう、「自浄作用」みたいなものがある。


「だから『絶歌』も読んでいいんじゃない?」とも、やっぱり言いにくいんですけどね。
御遺族に無断で、っていうのは、やっぱり、「犯罪じゃなくても、筋が通っていない」とは思うし。


完全自殺マニュアル

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