いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

ある物産展での「逆効果な試食」の話

 先日、妻と8か月の次男と三人で、デパート内で開催されていた物産展に行った。
 その日は時間にあまり余裕がなく、先に昼食も摂ってしまっており、子どもが喜ぶようなお菓子でもあればいいね、なんて話しながら、会場内をぶらぶらしていた。


 ああいう場所の喧噪、歩いていると「ぜひ見ていってください!」と声をかけられる雰囲気、僕は苦手なのだ。
 とくに、お客さんがいなくて、店員さんが手持ち無沙汰な様子の店の前を通るときには、ちょっと緊張する。
 ああ、なんだか寂しそうだな、隣はこんなににぎわっているのに。
 さりとて、その店を冷やかしに覗くほどの親切心もない。
 ちょっと早足になる。


 目を伏せて通り過ぎ、また後で同じ場所を通ってみると行列ができていて、「なーんだ」と安心したり、さっきの自分の心配は何だったんだろう、とバカバカしくなったり。


 『地元歩き番組』(『モヤモヤさまぁ~ず』や『有吉くんの正直さんぽ』)で、地元の商店街の人に声をかけて、あれこれ話しながら買い物をする場面をみるたびに、僕の「店員さんとのコミュニケーションが苦手」というコンプレックスが刺激されるのだ。
 僕の『リアル正直さんぽ』があったら、ああいう商店街では、周囲の人と目が合わないようにしながら早足で駆け抜けてしまいそう。


 さて、そんな物産展での出来事。
 地元で有名(らしい)揚げ物の店の前で、50代くらいのおじさんに「これ、食べてみてよ!」と試食をすすめられた。
 雑誌とかテレビでも紹介されたという、有名なコロッケらしい。
「じゃあこれも、さっきのとはちょっと味が違うでしょ、ソースなんてつけなくてもいいから!」と、別の種類のコロッケの断片も爪楊枝に差して食べさせてくれた。
 率直なところ、「まあおいしいが、値段込みで考えると、近所のスーパーの揚げたてコロッケのほうが僕の好み」だったのだが、僕が迷っているとみたのか、単に他にお客さんがいなくて手持ち無沙汰だったのか、「じゃあ、これもどうぞ!」と、おじさんは僕にもう一品手渡してくれた。


 おじさんオススメの、手羽餃子。
 僕は何気なく受け取って食べ、ここまでしてもらってなんだか悪いな、と何個かコロッケを買って帰ったのだけれど(要するに、こういうふうになってしまうから、店で声をかけられるのが苦手なのだ)、帰り道で、何だか妻の機嫌が悪い。


 僕が、「何か拭くものない?」と尋ねると、「あの店、あれじゃダメだよ……」と呟いた。


「手、トイレで洗ってくれば」
 手羽先の油でベトベトになった手は、水で洗っても、なかなか油が抜けなかった。
「だってさ、あのおじさん、手羽先をそのまま渡してたんだもの。持つところを紙にでもくるんで渡してくれればいいのに。直接手で持ったら、そうなるのが当たり前だって。買い物に来る人のなかには、お洒落してくる人だって少なくないし、お客さんの立場を考えないから、売れないんだと思う。それをさ、何も考えずに受け取ってるあなたもしょうがないなあ、って」


 僕はそのおじさんに対して、「なんだか頑張ってサービスしてくれてるなあ」っていうふうに感じていたし、たぶん、おじさんには悪意の欠片もなかったはずだ。
 手羽餃子なんて、試食としてはかなりコストがかかるだろうと思うし。

 
 しかしながら、その「大サービス」も、ちょっとだけ「お高い」感じのデパートでは、必ずしも最良の選択ではなかった。
 というか、むしろ、「悪印象しか与えなかった」。


 おじさんに悪意がなかったことは妻も百も承知で、怒っていたというのではなく、呆れていたのだけれども、こういう「サービスのすれ違い」って、なんだかせつないものだよなあ、とは思う。