いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「ゲーム攻略」の歴史的変遷、そして、僕が「アタッチ族」だった頃

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 懐かしいなあ、『ドルアーガの塔』。
 アーケードゲーム初のアクションRPG、というふれこみで発売されたこのゲーム。
 悪者ドルアーガに60階建ての塔に幽閉された巫女「カイ」を救出するため、騎士「ギル」が敵と戦いつつ塔を登っていくというストーリーです。
 このゲーム、ただ敵を倒して上の階に登っていけばいいというわけではなく、各階でいろんな「条件」を満たして宝箱を出す必要があったのです。
 宝箱の中に入っているアイテム(動きが速くなるものや、攻撃力・防御力が上がるもの、上の階にいくのに必要なものなどあり、中には、ダメージをくらってしまうバッドアイテムもあります)でパワーアップしながら進んでいかないと、上の階で攻略不能に陥ってしまいます。
 僕は、剣の出し入れがスムーズになる「ガントレット」がお気に入りでした。
 というか、ガントレットがないとたぶん進めない。


 で、問題の宝箱の出し方なんですが、これがまた曲者。
 こんなのわかるか!というようなものがたくさんあって。
 最初はスライムを3匹倒す、とか普通の条件なんですが、敵の魔法を4回受けるとか、ものすごいのでは、「2Pボタンを押す!」なんてのもありました。
 宝箱の出し方をみつけるのにあまりにお金がかかるため(何万なんてザラです)、ゲームセンターでは、宝箱の出し方をみせないように隠しながらプレイしてた人もいました。
 その一方で、攻略ノートを共有している人たちもいたんですよね。
 「独占欲 vs 集合知
 こういう葛藤って、ネット時代も変わりませんよね。


 『マイコンBASICマガジン』(当時のマイコン雑誌)は、当時ナムコアーケードゲームを推していて(『ポケモン』の田尻さんが「ゲームフリーク」という同人誌をつくっていた時代のことです。『ゼビウス』の攻略でもお世話になりました)、そのなかに、『ドルアーガの宝箱の出し方』も掲載されていたのです。
 もっとも、出し方がわかるのと、技術的、資金的にそれを実行できることの間には大きな壁があって、結局のところ、僕がドルアーガを「攻略」できたのは、ファミコンに移植されてからなんですけど。


 さすがに、ファミコンユーザーには不親切すぎると思われたのか、商売のチャンスと目をつけられたのか、ファミコン版はアスキーから攻略本が同時発売されました。
 僕も、発売と同時に買いましたよ、攻略本。
 そのとき、レジのお姉さんに「この本、何の本なんですか? 今日、ものすごく売れてるんですけど…」と聞かれたのを覚えてます。
 僕は何と説明していいかわからず、「これはファミコンの……モゴモゴ」みたいな返事しかできませんでした。
 人生で本屋に5000回くらいは通っているのですが、書店のレジで「カバーかけますか?」以外に声をかけられたのは3回くらいしかなく、すごく印象に残る出来事だったのです。


 いやほんと、「ゲーム攻略事情」って、インターネット時代になって大きく変わりましたよね。
 ネット以前は、雑誌か友人経由でしか情報が得られず(一部の人は、パソコン通信を利用していたようですけど)、アドベンチャーゲームのある場面で停滞したまま数か月、なんてことが、ごく当たり前のように起こっていたのです。
 ハドソンの名作アドベンチャーゲーム、「オールマシン語」の売り文句も華々しい『デゼニランド』は、「アタッチ族」という「この場面で何をやればいいのかわかっているのに、使う単語がわからなくてクリアできず、同じ画面で立ちすくむ人々」を大勢生み出しました。
 なんだよそのATTACHって……
 あれから僕もいろいろ英語に接してきたけど、ATTACHなんて動詞、このゲーム以外で見た記憶ないよ……

 『惑星メフィウス』は牢屋から出られず(牢屋の鉄格子のなかで、色が違う1本を何度も叩き、それを外さないと出られない。もちろんコマンド選択式ではありません)、牢屋から出ても、広大な砂漠で、ドット単位でカーソルを合わせ、アイテムを探さなければならなかったり……

 『ポートピア連続殺人事件』だって、最後の「○○ ○○○」なんて、いきなりそんなコマンドを思いついて入れられる人って、いたのだろうか……


 ほんと、昔のゲーム、とくにマイコンゲームの難易度って、「凶悪」だったんですよ。
 ロードに時間かかるしさ(うちは最初、シャープX1のテープ版だったし)
 
 どんなに凶悪なトリックでも、いまならネットで検索すれば、発売日には攻略サイトが立ち上がっています。
 1980年代前半は、行き詰まったところが、マイコン雑誌の『攻略Q&A』などで採りあげられるのを、気長に待つしかなかったのです。
「ああ、今月もダメだったか……」と、毎月ため息ばかりついていたものです。
 次のチャンスは、また来月。
「攻略本」が出るようになった時代、出るようなゲームは、まだマシだったんですよ、それ以前に比べたら。
 マイコン時代は、ちょっとマイナーなゲームになると、本当に「お手上げ」で。


 ブレイン・グレイというメーカーの『抜忍伝説』というゲームには、こんな場面がありました。
(ちなみにこれはマイコン的には「大ヒットゲーム」。
 3人の主人公のひとり、幻妖斎のエピソードから。
 幻妖斎は、ある目的のために、「四鬼の魂」を手に入れなければならないのですが、四鬼は「代わりにお前の体を食わせろ」と要求してきたのです。
 もう後戻りできない幻妖斎。わかった、食え、と。

 四鬼は、代わる代わる幻妖斎の肉体をひきちぎると、さもうまそうにむさぼり始めた。その光景は、まさに地獄絵図であった。


幻妖斎:四鬼よ、満足したなら約束を守ってもらおう。




風鬼:んー、約束だあ。よーし魂をやろう。受け取ってみろ・・・どうした?残念だな。手がなくては受け取れぬか。グワァーッハッハッ。




幻妖斎:お、おのれ、だましたな!




風鬼:だまされる人間が馬鹿なのよ。そこで苦しみながら死を待つがよい。


 四鬼は、幻妖斎をあざ笑うと霧のように消えた。幻妖斎は手足をもぎとられ、血だるまになり床につっぷしていた。




幻妖斎:死んでたまるか・・・




 保存したところからゲームを続けますか(はい/いいえ)?




 ここで「はい」を選んでやり直していると、永遠に先には進めません。


「いいえ」を選んで、しつこく方向キーを一定時間押し続けると、四鬼は幻妖斎の執念に折れて仲間になってくれるのです(正確には「くれるのだそうです」だけど。僕も自力で攻略できていないので)。


「保存したところからゲームを続けますか(はい/いいえ)」ですよ!
 そんなの「ゲームオーバーなのか……」と思うよ普通は。
 当時のパソコンゲーム慣れしていれば、「ちょっとおかしいかな?」と思うかもしれませんが、そのあともさらにしつこく方向キーを押し続けなければ、話は先に続かないのです。


 こんなの答えを知っているか、解析でもしないと絶対に解けないよ……
 というか、僕もこの「答え」、ネットで初めて知りました。


 こんなゲームの世界に慣れていたので、『ドラゴンクエスト』をはじめてやったときには、「何だこのゲーム、本当に楽々クリアできるぞ!」と驚いたものです。エンディングもかっこ良かったしねえ。
 昔のゲームは途中で投げ出すのがデフォルト、必死にクリアしても、散々苦労させられた挙句に『congratulations!』一行でおしまい、とかザラでしたから。
 ラスボスをやっつけたら、呪いで最後に自分がラスボスになってしまう、っていうゲームもあったな……


 ゲーム攻略のひとつのルーツは、当時一橋大の学生だった山下章さんが『マイコンBASICマガジン』でやっていた『チャレンジ!AVGRPG』だったと記憶しています。
 当時は、有名大学の学生が、お気楽なバイトやってるなあ、って思っていたのですが、あれから30年以上たって、まだ山下さんが攻略本をつくっていて、それが「本業」になりうる世の中がやってくるとは。


 いまから30年くらい前の「ファミコン以前」の理不尽なマイコンゲームの時代って、今思い出すと、なんだか異様に楽しかったような気がします。
 あれはいったい、何だったんだろうか。


 当時に比べたら、いまのゲームは、圧倒的に「親切」だし「ヌルい」とも言える。
「一本道でムービーを見ていくだけのRPG」への批判もあるけれど、『ドラゴンクエスト』に慣れてしまうと、『ウルティマ』には戻れない。
 堀井雄二さんも「攻略サイトがいつでも見られるユーザーに対して、どういう難易度設定をすればいいのか」悩んでしまうというような話をされていました。
 もう昔には戻れないし、いまはちょっと行き詰まっただけで、攻略サイト見たくなりますしね、僕も。




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