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いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

図書館の本に、コーヒーをこぼしてしまった時のこと

 もう何年か前の話です。
 図書館で借りた本を汚してしまったことがあります。
 読みながらコーヒーを飲んでいたのですが、手を滑らせて、コーヒーを開いた本の上から、ぶちまけてしまったのです。
 そのときは、ものすごく落ち込みました。
 ああ、なんてことをしてしまったんだ……と。
 本好きとしては、こういう形で、公共の本を汚してしまった自分が情けないし、この本をどうしようか、と考えこんでしまったのです。


 なんとか、シミ抜きできないものかと試してみたのですが、汚れた範囲があまりにも広く、程度もひどいため、まったく効果はみられず。
 なにかうまい方法はないか、同じ本を買ってきて、さりげなく入れ替えてはどうか、などとも考えたのですが、図書館の本というのは汚れにくいようにコーティングがされていて、すり替えるのは難しそう。
 いっそのこと、夜中に返却ボックスに投げ込んで、知らんぷりして、連絡が来たら「僕は知りません!」って突っぱねるか……
 こんなふうに本を汚したことが明るみに出たら、利用停止とかになるかもしれないな、職員さんに、ものすごく怒られるんじゃないかな……
 「おかげで眠れなかった」というようなレベルではないのですが、日常のふとした拍子に、あの本をどうにかしなければならないことを思い出して、眉間にシワを寄せる、そんな感じでした。


 結局は、どうしようもなくて、平謝りする覚悟で汚れた本をカウンターに差し出し、「すみません、コーヒーをこぼしてしまいました」と説明し、該当の箇所を司書のかたに見せたのです。
 すると、司書さんは、「あー、これはちょっと、もうダメですねえ……」と表情を変えることもなく、少し気の毒そうな声で言いました。


「じゃあ、申し訳ありませんが、弁償していただくことになります。本代をお金で支払っていただくか、書店あるいは中古書店で同じ本を買っていただくか、どちらかになりますが、どうされますか?」


 あまり見かけない出版社の本で、探しに行く手間もかかりそうだったので、「お金でいいですか?」と答えて本の代金を支払い、書類を1枚書いて、おしまい。
 ちなみに、その破損した本は、「まだ読むことはできますから」と、僕にくれました。
 その時、「どうせだったら、他の本のほうがよかったな……」と思っていたのは内緒です。
 汚してしまったのは、借りていた本のうち、いちばん面白くなかった本だったんですよね。そういう僕のその本に対する愛着のなさとガサツさも、こんな失敗の原因になったのでしょう。


 それにしても、あれこれ心配していたにもかかわらず、あまりにも淡々と手続きが進み、嫌味のひとつも言われることなく、利用停止にもならなかったことに、僕は安堵したのです。
 それと同時に「変に誤魔化そうとしなくてよかった」とあらためて思いました。


 自分がその状況から脱出してから考えてみると、「図書館で本を借りた人が、本を汚す、あるいは失くす」というのは、望ましいことではありませんが、「起こることが十分想定できるトラブル」なのです。
 僕みたいな粗忽者は世の中にひとりだけではない(と信じたい)し、子どもに絵本を借りていけば、破ってしまうことだってあるでしょう。


 こちら側からすれば「なんでこんなことをやってしまったんだ、どうしよう……」と思うような状況でも、相手にとっては、「ま、よくあることだよね」ということは、少なくありません。
 そして、そういう「ありがちなトラブル」に対しては、大概、「どちらもあまり傷ついたり、恨んだり恨まれたりしなくて済むような解決法が、あらかじめ準備されている」のです。
 そういう失敗そのものは、誰もひどく咎めることはない。
 それは、誰にでも起こりうることだから。


 でも、それを隠そうとして、本をずっと返却しなかったり、汚したまま「自分のせいじゃない」と突っぱねようとしたら、どうだろうか?
 問題は、解決されるどころか、もっと大きくなって、それこそ「利用停止」になったり、司書さんと言い争ったりすることになったかもしれません。


 世の中にはこれだけたくさんの人がいて、みんな完璧な人間ではないのだから、必ず「やらかしてしまう」ことはあります。
 でも、その「最初にやらかしてしまうこと」って、やられる側にとっては「想定内」であることがほとんどなんですよ。


 医療の世界でもそうで、上級医は、「研修医は、何がわからないかさえ、まだわかっていない」ことを知っています。
 自分が通ってきた道だから。
 大きな間違いを起こさないためのシステムも、すでに構築されています。


 ひとつだけ言っているのは「自分がわからないことを、カッコ悪いとか恥ずかしいというような理由で、わからないまま自分ひとりでやろうとするな」ということだけです。
 わからない、できないことは、ミスでもなんでもない。そんなことは、織り込みずみ。
 でも、それを隠そうとしたり、自分を大きく見せようとしてやってしまうことが、大きなトラブルを生む。


 僕も数多くの失敗をしてきた人間なので、偉そうなことは言えないのですが、「失敗」って、やらかしちゃうもんなんですよ。
そして、世の中には「そういう失敗がひどい影響をもたらさないようなシステムやノウハウ」が、すでに出来上がっているのです。
怖いのは、それを「いまの自分の視野」でみて、あまりにも重く考えすぎて、自分自身を追い込み、「なかったこと」にするために、取り返しのつかないことをしてしまうこと。


 新学期、入学シーズンです。
 まだ不慣れな人たちに、これだけは言っておきたい。
「世の中、たいがいのことは、ちゃんと事情を説明すれば、なんとかなるようにできている」のです。人間の経験と知恵の蓄積は、本当にすごい。
 だから、困ったときには、自分ひとりで抱え込まないでね。