いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「他人が怖い」ということ

先日、車の運転をしていたら、バックミラー越しに、すぐ後ろを走っていた軽トラックを運転していた中年男性が、大きく手招きをしているのが見えました。


「えっ、何? あの人は知り合いじゃないと思うし……別に変な運転もしてないし、接触もしてないはず。何か気に入らないことでもやったのかな……でも、僕に用事とは限らないし、とりあえず無視しておこう。どうか、いきなり殴りかかってくるような人じゃありませんように……」


対象者が僕じゃないことを願いつつ、渋滞しているなかを、ジリジリと運転していたのです。
でも、後ろの車の人は、何度も何度も、手招きをしてくる。


「これは、まずい……絶対に振り返っちゃダメだ。因縁つけられてひどい目にあわされる……渋滞しているし、曲がるところもないんだよなあ。道路脇の店に入る手もあるけど、ついてこられたらかえって危ないし……」


気もそぞろに、なんとかこの窮地を乗り切る策がないかと思いつつ運転していたら、信号が赤に。ああ、これはマズい……


ついに、後ろの車から、人が降りてきました。
そして、僕の車の運転席の窓を、コンコン、と叩いたのです。


逃げたくても逃げようもなく、窓を3分の1くらい開けて、相手の反応を待ちました。


「あんた、給油口の開いとーよ(開いてるよ)」
その人は、それだけ言うと、いそいそと自分の車に戻っていきました。
僕の「ありがとうございます」は、たぶん、「あり……」くらいまでしか聞こえていなかったのではなかろうか。


コンビニに寄って、給油口を閉めながら、僕はすごく情けない気分になりました。
僕は知らない他人のことを、基本的に「自分に悪意をもって接触してくる存在」だとしか、見なしていない、ということを再確認してしまって。


「僕は何も悪いことをしていないはず」であれば、「相手は不当な因縁をつけてくるのではないか」というよりも、「何か自分の知らないトラブルが起こっているのではないか」と考えるべきだったのです。


あのときの僕のなかには「何かわからない理由で車から引きずり出されて、ボコボコにされる恐怖」が大部分を占めていました。


処世術としては、そういうときには「用心する」のが正しいのかもしれません。
しかしながら、実際にこういう「親切な他人」に出会ってしまうと、とても申し訳なく感じてしまう。
いつから、僕はこんなふうになってしまったのだろう?


あのとき教えてくれた方、本当にありがとうございました。
ちゃんとお礼も言えず、すみませんでした。