いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

彼女が厚化粧をしてきた日のこと

基本的に、男性の多くは、「化粧臭いオンナ」が好きじゃないと思う。
僕も子供のころは、化粧をベタベタ塗った女性に良いイメージを持っていなかった。
けっこう香りもキツイし、ケバケバシイ印象があるから。


でも、今ではバッチリメイクをしている女性は、キライじゃない。
これから書くのは、僕が化粧というものの意味について考えさせられた話だ。


もう15年も前の話。
年末のあわただしい時期だっだ。
僕の母親は、当時病院に入院していた。
病勢はかなり進行していて、もう母の意識はほとんど無く、話しかけても返事も無く、何か見えているか、何か聞こえているかもわからないような状態になっていた。


そんなある日、彼女が「お見舞いをさせて」と言ってきた。
もうこんな状況だから、ということを説明して、「たぶんもうわからないから、来なくていいよ」と話したのだけど、「それでもいいから」ということで、彼女は病室にやってきたのだ。


その顔を見て、僕はビックリした。
もともとほとんどスッピンに近い状態で生活をしている人なのに、その夜の彼女は、僕が一目見てビックリするくらいのバッチリメイクだったのだ。
いや、バッチリ、というよりは、明らかに過剰なメイクで、率直なところ「塗りすぎ」なのだけど(もともとそういう顔を見慣れていない、というのは差し引いても)。


でも、僕はその顔を見て笑い出しそうになったのと同時に、泣きそうになった。
彼女が死にゆく人に何を伝えたかったのか、僕にはわからない。
もちろん、母親は何の反応も示すことはなかったが、たぶん「何か」をふたりは話していたんじゃないかな。
女同士の話、ってやつだったのだろうか。


今、この話を思い返すと、あのとき、母親もメイクしてあげれば良かったかな、なんて考えてみたりもする(僕にはその技術が無かったけど)。


僕は相変わらず「化粧臭いオンナ」は苦手だが、「化粧をしようという気持ち」に対しては、素直にありがたいな、と思っている。


彼女は、僕の妻になった。
今でもずっとベタベタしている、ということはなく、なんだか「戦友」みたいなときもあり、あれこれ責められて、「こんなはずじゃなかった……」とリセットボタンを押したくなることもある。


でも、そんなときに、ふと、このときの彼女の顔を思いだすのだ。
そして、もうちょっと頑張ってみようかな、と考え直す。


平和を維持するために大事なのは、何もしないことじゃなくて、そのために努力し、闘い続けること、なのかもしれない。


村上春樹さんの『村上春樹 雑文集』より。

安西水丸さんの娘さんの結婚式に、村上春樹さんが寄せたメッセージ)

 かおりさん、ご結婚おめでとうございます。僕もいちどしか結婚したことがないので、くわしいことはよくわかりませんが、結婚というのは、いいときにはとてもいいものです。あまりよくないときには、僕はいつもなにかべつのことを考えるようにしています。でもいいときには、とてもいいものです。いいときがたくさんあることをお祈りしています。お幸せに。


 いいときもあれば、悪いときもある。
 負けがこんでいるときには、引退したくもなるけれど、なんとか、9勝6敗くらいで、いきたいものだ。


 2月17日は、8年めの結婚記念日です。
 そういえば、あの日は、雨だったなあ。



村上春樹 雑文集

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