いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

高倉健さんの訃報を聞いた夜に

高倉健さんの訃報を聞いた夜に。


 僕は任侠ものって苦手なので、健さんのイメージといえば、「不器用ですから……」と、映画『八甲田山』、そして『鉄道員』で、寡黙な駅員として笛を吹いている姿くらいだったのです。
 正直、なんでみんな、「高倉健」という俳優に、ここまでこだわっているのだろう?と、ずっと思っていました。

 でも、ここ数年、健さんのことが、気になってきたのです。
 俳優としてはもちろんなのですが、人間・高倉健に惹かれてしまって。
 健さんは、2012年9月に、NHKの『プロフェッショナル・仕事の流儀』に出演されています。
 基本的に、インタビューもほとんど受けず、テレビにも出演しない、という健さんなのですが、この番組のなかで、「もう何十年も生きるわけじゃないから、本音のところを言っておかなくちゃ」と仰っていたんですよね。
 年齢を考えれば、自然なことなのかもしれませんが、健さん自身も「自分のキャリアの晩年」みたいなものを意識されていたのかな、と。
 同時期に発売された『高倉健インタヴューズ』にも、「人間・高倉健」の魅力があふれていました。
 僕は、このインタビューを読んで、高倉健という「スターの中のスター」の存在の重さに圧倒されてしまったのです。

 高倉健さんは、ほとんど私生活を明らかにしておらず、インタビューを受ける機会も少なかったそうです。

 そんな寡黙な映画俳優が、18年間に語った言葉が、この本のなかに収められていたのです。

 高倉健自らの言葉だけではなくて、一緒に仕事をしてきた人たちが「健さん」について語っているのですが、これが本当に「みんなにとって、いかに高倉健が特別な存在なのか」が伝わってくる話ばかりなんですよ。


 健さんは、これだけ有名な俳優であるにもかかわらず、ずっとマネージャーもおらず、「身の回りのことやスケジュール管理は自分でやっている」そうです。

 俳優であるために、(撮影がある日以外でも)毎日髪を整えたり、海外ロケに行くときには、「主役である自分の身体のトラブルでスケジュールを狂わせないように」パックごはんとレトルトカレーを持参していたり。

 とにかく映画が好きで、プライベートでもたくさんの映画を観ているそうです。
 NHKの『仕事の流儀』では、「心を震わせた映画」として、『ディア・ハンター』を挙げておられました。


 健さんは、ときどき、ちょっと生々しい話もしています。

 俳優になろうと思ったのはお金がほしかったからです。恋をした人がいて、その人と暮らすためにお金が必要でした。

「出演作を決める基準は?」という問いに対して、

 選ぶ基準ですか? もちろんホン(脚本)の中身を読んで決めるのですが……。僕はギャラの額を大切にします。どれだけ僕のことを必要としているのかはギャラでわかりますから……。それと、出演するときにはすべての権利を戴くようにしています。出演料はもとより、再使用のお金、テレビでの放映、ビデオやDVDにいたるまで、今まで日本映画の俳優さんが取ってこなかった権利をひとつでも多く戴きます。だから権利については出演前に必ず交渉します。そして、撮影に入る前から多くのものを背負っていれば、励みになりますし、自分を追い込むことにもなる。「今日はつらいから撮影をやめる」なんて絶対に言えなくなります。

 「お金じゃないんだ」っていう役者さんは、多いですよね。
 でも、高倉さんのだからこそ、こういうふうに「明言」されていることに、僕は清々しさを感じたのです。
 最近は数年に一度くらいしか映画に出演されていなかった高倉さんですから、たしかに「それなりのギャラをもらわないと、生活が成り立たない」のかもしれません。
 でも、このインタビューを読んでいると、いまの健さんって、「お金が欲しい」のではなくて、「高いギャラと多くの権利を自分に課すことによって、自分へのハードルを高めていた」ような気がするんですよ。


 去年、田中将大投手がすごい額の年俸でヤンキースと契約した際、僕などは「あんなに稼げて、うらやましいなあ」と思うばかりだったのですが、イチロー選手は、こんなコメントを出していたんですよね。
 「ヤンキースがどんなオファーを提示したかということよりも、 このオファーを受けたことへの覚悟と自信に敬意が払われるべきだろう。 志のある人間にとっては最高の場所なのではないか」

 「お金じゃない」って言いながら、仕事をはじめてみると「こんな安いギャラで働いてやっているんだから」と言い訳をはじめてしまう人は少なくない(僕もそういうところがあります)。


 健さんは、「自分につけた値札だけの仕事は必ずやる」のです。
 

 1977年に公開され、大ヒットした映画『八甲田山』の過酷なロケ(3年間、合計185日間も「明治時代の服装で」雪のなかにいたそうです)を振り返って。

 毎日、朝4時半に起きて……。朝が弱いなんて言ってられないよ。軍隊の装備をつけてメークアップして6時に点呼をとる。それからロケ地まで3時間くらい進軍して(笑)、帰ってくるのなんか夜中の2時、3時ですよ。演技なんか考えている余裕はなかった。どうやって体を持たせるか。撮影のない夏にはジムに通って健康管理して。僕だけじゃありません。なかには体の弱い仲間もいたから、そいつにはオフの間のトレーニング方法やビタミン剤の飲み方まで教えたりもしました。


 あのときは芝居なんて考えられなかった。雪のなかで立ってるだけでやっとの演技で、まるでドキュメンタリーを撮っていたようなもんだよ。ただ、まわりの俳優さんは「高倉健が我慢してるんだから」と何も言わないでやってたところもあるよね。今になって思えば僕が代弁して「こんなことはできません」と言えばよかったのかもしれないなあ。でも、言わないんだよ。僕には言えない。何も言わないで厳しいところへ出ていってしまう。それがいいことなのか。それとも悪いことなのか……。

 この映画、カメラマンの木村大作さんの話によると、あまりに過酷すぎて、撮影中に「脱走兵」まで出たのだそうです。


 その翌日には、「脱走兵の見張り番」まで作られたのだとか。


 小学校時代に、この映画の有名なセリフ「天はわれを見放したかーーーっ!」を同級生たちと真似して笑っていた僕としては、なんだか申し訳なくなってきます。


 そんな過酷な現場でも、「高倉健が我慢してるんだから」とみんなに思わせてしまう存在。
 こういう場合、誰かが健さんに愚痴をこぼしたり、「健さんに代表として物申してほしい」というのが「一般的な反応」だと思うのです。


 ところがみんな「高倉健の姿を見て」何も言わずに耐え抜いた。
 こういう「そこに存在しているだけで、みんなをまとめてしまう人」こそ、「真のカリスマ」なんだろうなあ、と。


 このインタビューを読んでいると、「存在している」だけではなくて、共演者にすごく気を配ってもいるし、自分がいちばんキツイところを受け持っているのも高倉健、なんですけどね。


 このインタビュー集では、高倉さんが「演技」について語っているところも興味深かったです。

 「心」というものを仕事上も私生活でも重視している高倉さんなのですが、演技に関しては、「精神論」で語ろうとはしません。

 「セリフのうまい下手よりも大切なことがある」という話のなかで、こんな話をされています。

 でも、本当に嬉しい、もしくは悲しいと感じたとき、人は「嬉しい」とか「悲しい」なんて言葉を口にするでしょうか。僕はしないと思う。声も出ないんじゃないか……。


 すぐれた脚本家は言葉で悲しさを表現するのではなく、設定で表現するんですよ。極端な話、ハーモニカを吹くだけでも悲しさは表現できるし、息遣いを感じさせるだけでもいい。それでも俳優の演技がうまければ、観客に悲しさは伝わります。セリフだけが表現じゃありません。僕は大上段に振りかぶってやたらと大声を出す映画には本当の力はないと思う。思っていることを低い調子で、そっと伝える映画に出たい。

 黒澤(明)監督が演技について話されていたことをうかがったことがあるんです。いえ。直接ではなく、非常に近いところにいた方から聞きました。


「形を真似ろ」と。心や感情はいつでも真似ができる。俳優を一年もやれば心のなかで悲しい気持ちを作ることなんて誰でもできる。だが、悲しみを形で表現することは難しい。そのためには古典を勉強しろ。そうおっしゃったそうです。

 健さんは、「何を演じても高倉健」のようにみえるのだけれど、ものすごく映画について勉強をしているし、演技についても考え抜いていた人なのです。
 「不器用」なんてCMでは言っていたけれど、「形」や「技術」を軽視することはありませんでした。
 「人格」の素晴らしさはもちろんなのだけれど、何よりも、俳優としての力があるからこそ、映画関係者は高倉健と仕事をしたい、と思うのですね。


 この本のなかには、高倉健という人間の魅力的なエピソードがたくさん紹介されています。


 そんななかで、僕にとっていちばん印象的だったのは、宇崎竜童さんが『四十七人の刺客』という映画のなかで、高倉健さんに助けてもらったときのことを語った、こんな話でした。

 私(著者)が宇崎竜童に踏み込んで尋ねたのは次のようなことだ。


「では、私たちは高倉健の言葉や心の使い方をどう真似すればいいのか」と。


 彼の答えはシンプルだった。


「高倉さんにいただいたものは返せません。返したいけれど返せないほど大きなものをいただいている。できるとすればたったひとつ。私が後輩や新人に高倉さんからもらったものと同じものを渡すこと。その人のいいところを見つけて、大局的にほめてあげること。そんなことを気づかせてくれるのは高倉さんだけです」

 僕も学生時代に先輩からご飯をおごってもらったときなどに、この「後輩に同じようにしてやってくれ」という言葉を何度も聞いた記憶があります。それはそれで、ちょっとカッコイイなあ、とは思ったけれど、正直、「ええかっこしい」のようにも感じていました。


 宇崎さんは、高倉さんから直接そう言われたわけでもないのに「これは後輩に、未来に渡すしかない」と「気づかせてもらった」のです。


 この差は、すごく大きい。


 高倉健さんの姿をみるたびに、「まだ、こんな人が生きているのなら、この世の中も、捨てたもんじゃないな」と思っていたのです。


 ただ、この訃報を聞いて、寂しくはあるけれど、「高倉健さんは、最後まで俳優として、高倉健を演じ切ったのだな」とも感じたんですよ。


 2012年の『プロフェッショナル・仕事の流儀』のなかで、ビートたけしさんが、こんな話をされていました。

「変な言い方だけれども、たたずまい、っていうのかな、ロケ現場でもホテルでも、ぽっと高倉健さんが立っているときに、うーん、独特の孤独感があるんだよね。
 華やかさではないんだよね。
 スターではあるんだけど。
 健さんのたたずまいというのは、非常に日本人にとっては心地よいっていうか、でも、俺はすごい孤独を感じるなあとは思う。
 おいらがしゃべると、冗談は言ってるけども、ここ一番、健さんの考え方をどう考えているかというようなことを、まあ、まあ、念頭に置いて、嫌われないように、話してしまうというのがあるじゃん。
 高倉健さんに嫌われないように会話をしているということは、本人はじゃんじゃん孤独になるぞ、これって、さ。
 健さんそれ違うよ、とは、誰も言わない時代にきているんで、健さんはじゃんじゃん孤独に見えるようになってきたなと思うね」

 
 これは、自らも「伝説の人」であり、「孤高であり、孤独」でもある、たけしさんだからこその指摘だな、と感じたことを覚えています。


 いま、高倉健さんは、ようやく高倉健であることから解放されて、ちょっとホッとしているんじゃないかな、とか、考えてみたりもするのです。



高倉健インタヴューズ

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