いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

あるラジオ番組のクイズと「検索しない人々」

祝日だった月曜日の午前中に、車でAMラジオを聴いていました。

ベテランの男性DJと、若い女性アシスタントの組み合わせで、リスナーからの世間話のようなメールをずっと紹介していく、そんな番組でした。

夜になると虫の声が響いてくるとか、孫が最近遊びに来てくれなくなったとか、安倍政権の経済政策や集団的自衛権についての見解とかを番組に送ってくる人々。

ああ、平日の午前中のAMラジオって、こんな番組をやっているんだなあ、と、チャンネルを変えるのも面倒くさいので流しっぱなしにしていたのだけれど、そのなかで、ちょっと気になったところがあって。

 

この番組のなかに「クイズコーナー」があったのです。

番組内でクイズを出して、メールで答えを送ってもらう。

正解者のなかから、抽選で何人かにちょっとしたプレゼントがもらえる、そんなクイズ。

 

その回は、こんな問題だった(すみません、問題と正解の回答以外はうろ覚えなので、実際の番組の内容とは違っていると思いますが、だいたいこんな内容だった、ということで)。

 

Q:動物の「コアラ」という名前は、アボリジニの言葉では、もともと、どういう意味だったでしょう?

 

1. 水を飲まない

2. いつも寝ている

3. 群れをつくらない

 

番組内での正解は「1」だったのです。

僕はそれを聞いて、「ふーん」と思ったくらいだったのですが、その後、司会者たちが、こんなやりとりをしていました。

 

 

「今回は90人ご応募いただきましたが、正解はそのうち62人でした」

「この問題は、ちょっと難しかったですかねえ」

 

僕は、これを聴いて驚いてしまったんですよ。

90人中62人しか、正解しなかったの?って。

 

 

僕自身が、こんなの常識だと思っていたわけではありません。

でも、こういう問題って、Googleで検索すれば、すぐに答えがわかるじゃないですか。

この番組のような、出題から締め切りまで時間があって、メールて答える形式ならば、問題を聞いて、回答メールを送る前に、ちょっと検索してみれば、すぐに正解が出てくるはず。

答えを送ってきた人たちは「メールが使えるくらいには、インターネットに慣れている」わけですし。

にもかかわらず、3分の1くらいの人が、間違ってしまったのです。

あるいは、検索しようとしなかった。

 

「検索する」のは、クイズに対して、アンフェアだと考えている人が、そんなにいるのでしょうか?

その気持ちはわからなくもない。

僕にも、そういうささやかなプライドはわかりますし、普段テレビのクイズ番組を観ながら検索したりはしません。

クイズが好きだったり、得意だと自認していれば、なおさら、「自分の知識で勝負したい」。

でも、わざわざ回答メールを送る手間とか、ささやかながらも商品がかかっているということを考えると、僕だったら、ネットで検索してから答えます。

これを書きながら、30年くらい前、マクドナルドの「銀はがしクイズキャンペーン」で、答えを家の百科事典で調べまくっていたことを思いだしました。

 

それが善いとか悪いとか、そういうことではないのだけれども、こういうときに「検索しない人」が、こんなにいるのだな、ということに、けっこう驚かされた次第です。

 

 

実は、この話には続きがあって。

これを書く前に、この「コアラの語源」というのを、実際にGoogleで検索してみたのです。

すると、Wikipediaの記述には、

“koala”の名前はDharuk言語族のgulaから来ている。元来、母音の/u/はアルファベットでooと綴られ、スペルはcoola、koolahと表記されたが、表記ミスによりoaと変わった。この言葉は、"doesn't drink"(水を飲まない)を意味すると誤って言われている。

 

と書かれているのです。

(2006年に誤りを指摘する論文が出ているようです)

 

参考リンク:コアラ(Wikipedia)

 

 

ということは、「水を飲まない」という回答も、間違いなのか?

さらに検索してみると、この「コアラ」=「水を飲まない」というのは、かなりメジャーなクイズらしくて、類題がたくさん出てきます。

この番組の放送作家が、「過去問」を流用した結果、こういうことになってしまったのだろうか……

 

もしかしたら、3分の1の人たちは、「検索してしまったからこそ、1番を選ばなかった」のかもしれないな、と思うと、なんだかわけがわからなくなってきました。

ただ、クイズを作る人たちにとって、大変な時代であることは、間違いなさそうですね。