いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

夏休みの終わりに、僕と『銀河英雄伝説』について語ってみます。

参考リンク:銀英伝2回目どうしよ(はてな匿名ダイアリー)


これを読んでいて、『銀河英雄伝説』のことをやたらと語りたくなりました。
ネタバレ全開です。
誰も聞きたくないかもしれませんが、まあ、8月31日になって、あわてて「夏の友」を開いた子供をみるような気持ちで、「戻る」ボタンを押していただければと思っております。


本当にネタバレ全開なのでよろしく。


僕がはじめて『銀河英雄伝説』を読んだのは、高校生のときでした。
最初に読んだのが、本編の1巻ではなくて、外伝2巻の『ユリアンのイゼルローン日記』だったんですよね。
家族旅行のときに、駅の売店で何気なく手にとったのですが、それはもう運命的な出会いだったのかもしれません。
もともと「日記」が好きで、民主主義が正しいと信じてきて、歴史好きで、運動神経が鈍くて夢見がちだった僕は、この本でユリアンが語る、ヤン提督の人物像に、とにかく憧れてしまって。
そこから、本編に入っていったのですが、「早く読みたい」というのと「10巻で終わってしまう」という葛藤に苦しみ、新しい巻を読む前に「予習」として、毎回1巻から全部読み返していたくらいです。
あと、「8巻でヤン提督が死んでしまうらしい」というのを知って、読みたいのと読みたくないのとで悩んだあげく、いきなりそこを読むとショックだということで、最初に「そのシーン」を読んでから最初に戻り、8巻を通して読みました。


キルヒアイスの死に関しては、著者の田中芳樹先生が、完結後に「あれは失敗だった。ラインハルトが権力を握るまでキルヒアイスが生きている(親友でもあり君臣でもあるという葛藤を描く)、あるいは、ふたりの死の順番が逆とか……」という話をされていたのを読みました。
僕もそのときは「そうだよ、ほんと、あれは早すぎるだろう……」と納得したのですが、今から考えてみると、「なんでキルヒアイスをあんな早い時期に殺してしまったんだ」という「納得のいかない感じ」というか「物語としての不可解さ」みたいなものが、『銀河英雄伝説』を魅力的にしていたのかもしれないな、とも思うのです。
良い物語、面白い物語って、あまりにも完璧に整いすぎていないというか、どこかに「イビツなところ」があったほうがいいんじゃないかな、って。


銀河英雄伝説』フリークだった僕としては、OVA(オリジナルビデオアニメ)として、『銀英伝』が「定期宅配」という形でリリースされると聞いたとき、「観たい!欲しい!」と思ったんですよね。
でも、たしか当時は4シリーズ全部で20万円以上して、「ビデオデッキが買えるじゃないか!」と驚愕したものです。
ファミコン版の『三国志』ですら買うのに躊躇していた僕には、到底手が届くものではありませんでした。
後年、レンタルDVDでようやく観ることができたときはものすごく嬉しかったのですが、まあ、やっぱり全部観るのはけっこう大変ですよね。
ときどき、CSで「一挙放送」とかもやっているのだけれど、気づいたときにはだいたいアムリッツァくらいまで進んでいて、「また録画しそこねた……」という感じです。


アニメに関しては、ファンなら一度観てほしいというか、僕のなかでは、ヤン・ウェンリー富山敬というのは、ほんとうに「ハマり声」だと思うんですよ。
いろんなアニメの主人公の声を聞くたびに「なんか違うんだよなあ……」と感じていたのですが、ヤン提督だけは「これだ!これしかない!」と。


銀河英雄伝説』に対しては、ちょっと複雑な思いもあるのです。
高校〜大学時代にハマりにハマっていたのだけれども、その後、人生経験みたいなものを積み上げていくにつれ、「こんな『戦争嫌いの戦争の天才』なんて、いるわけないじゃないか」「理想論すぎ!」「歴史を変えて、動かしたのは、ラインハルトのほうじゃないか」というような「反動」が、沸々と心に湧いてきたのです。
三国志演義)』で、まずはみんな劉備諸葛亮ラインの「蜀」を好きになるのだけれど、だんだん、「歴史の改革者」としての曹操に魅力を感じるようになる人が多い、という話を聞いたことがあります。
それと同じようなことが『銀河英雄伝説』でも、僕のなかに起こっていて。
「有能で清廉な独裁者による専制政治と、自分の利益を追求してばかりの政治家による、衆愚的な民主政治と、どちらが優れているのか?」
この問題に関しては、ヤン提督も、溜息をつきながら、「でも、専制政治は、必ずしも有能な独裁者によってなされるとはかぎらない。ルドルフ(フォン・ゴールデンバウム)のような人間を生み出してしまうこともある。そして、民主主義のすぐれた点は、政治の腐敗を他人のせいにはできないところだ」と語っていました。
でも、結局のところ、「勝ったのは、ラインハルト側」じゃないのか、ヤン提督は「甘い」のではなかろうか。


いまは、一周まわって、「やっぱり、ヤン提督が好き、でいいんじゃないかな」というところに落ち着いています。
あと、個人的には、作中でみんなに嫌わまくっていたオーベルシュタインって、「正論」ばっかり吐いていたにもかかわらず、どさくさにまぎれて殺されてしまったのがかわいそうだった。
10巻でのイゼルローン攻めとか、コストとメリット、デメリットを考えれば、止めるだろ普通は、と。


自分の年齢を考えるとき、つい、『銀河英雄伝説』のキャラクターの年齢と比較してしまう習慣ができてしまって、それは今でも続いています。


30歳になったときには、「なんで何も悪いことをしていないのに、30歳にならなくちゃいけないんだ」と呟きましたし、ヤン提督の享年よりも自分が年をとってしまったときには、「ああ、なんか長生きしてしまった」と思ったものです。
いやしかし、でもまだ、キャゼルヌのほうが年上だし……とか言っているうちに「キャゼルヌ超え」まで果たしてしまい、さびしい限りです。
あとはメルカッツ、いや、ビュコック提督もいるから、まだまだ……
ああ、やっぱり長生きしすぎているのかな。