いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

某スーパーマーケットでの「ゴボウ置き忘れ事件」の顛末

 先週末の夕方、妻に頼まれ、近所のスーパーマーケットに「1時間くらい前、買い物帰りにレジ付近で落としてしまった」というゴボウ(一袋100円)を取りに行った。
 頼まれたときの率直な気持ちは、「そんなの誰が落としたかわからないだろうし、まともに対応してもらえるのだろうか……」「クレーマーだと思われるのでは……」「100円くらいだったら、わざわざ取りに行かなくても……」だった。
 限りなく、消極的な気分になっていたのだ。
 なんかめんどくさいし、僕が落としたわけでもないからなあ……
 もし、店の人が忙しそうだったら、他のゴボウを買って帰って、「あったよ!」とかごまかしてしまおうかな、100円だし……などということも想定していた。

 しかしながら、レジで聞いてみると「ああ、これですね、きっと」と、レジの下に保管してあったとみられるゴボウの袋を僕に手渡してくれた。
 こんなにあっさり信用しちゃって良いんですか?と、逆に心配になってしまうくらいに。
 なにしろ、僕も出先で頼まれて来たので、そのゴボウのレシートを持っているわけじゃないし、店の人が僕の顔を覚えているはずがない(買いものに来ていたのは妻なので)。


 この店の落とし物の管理って、これでいいのか?
 などと、個人的には「よかった……」と安堵しつつも、疑問ではあったのだ。

 
 こういうのって、落とした人だと確認するのも、逆に、この人が落としたものではないと証明するのも難しいし、手間もかかるし、疑うと店へのイメージも悪くなる。
 総合的な判断として、言ってきた人には、あれこれ詮索せずに渡すようにしているのだろうなあ。別に、僕だから信じた、というわけでもなくて。


 そもそも、100円くらいの野菜だからこそ、「わざわざ嘘の問い合わせをしてくる人もいないはず」ではあるのか。
 これって、この店だけの対応なのかなあ、それとも、スーパーマーケット業界では標準的な対処法なのだろうか。


 もっと高額なものであれば、こんなにあっさりと「どうぞ」と渡してはくれないのかもしれない。
 だとしたら、すぐに「どうぞ」と渡してくれる金額の限界って、いくらくらいなのかな。
 こういうのって、きちんとマニュアル化されているものなのだろうか。


 あれやこれやと謎の深まる、「ゴボウ置き忘れ事件」ではあった。