いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「はてな」のユーザーサポートの基準と、ある人が恐怖を感じる「閾値」について

参考リンク(1):はてな社員のツイートをブックマークしたら即座にコメント一覧非表示にされたのでとても悲しい - everydaymondayの日記


発端はこのエントリだったのだけれども、僕の率直な印象としては、「この人がtwitterでの発言(それも、大勢にアピールするというよりは、独り言みたいな発言)を、書いてしばらく経ってからブックマークされて気味が悪いと思ったのは、わかる」だったんですよね。


ブックマークコメントを見ていると「はてなのユーザーに対する不公平な対応(身内だったら、すぐに対応するのか!)」とか、「自社のサービスを使っている人間を『不気味』呼ばわりするのか!」という意見がみられて、それも理解はできる。


基本的に、『はてな』の対応って、「インターネットは自己責任で」「お客様どうしのトラブルには、原則的に関与しません」なんですよね。
僕も以前、脅迫的な書き込みに対して相談したことがあるのだけれど、「ネットに何か書けば、あれこれ言われるのは当然です」みたいな返答で、ずいぶんとマッチョな会社だなあ、と思ったものです。


こういう「身内のこと」だったら、すぐに対応するのかよ!
しかも「このくらいのこと」で!
と、言いたくもなりました。
でも、よく考えてみると、僕の「このくらいのこと」と、彼女がこの件で感じている不気味さは、等価ではないのです。


少し前に、こんな話がありました。
参考リンク(2):グリエル「飛行機恐怖症」沖縄遠征拒否(日刊スポーツ)


僕もこれを最初に読んだときには「えっ、『飛行機恐怖症』って理由で、遠征拒否するの? DeNAの主力なのに。そもそも、キューバからどうやって来日したんだよ……」って思いました。
しかしながら、本人の話とかを読んでいると、「元々飛行機が嫌い」なことに加えて、台風が接近していて、キューバでのハリケーン体験による恐怖感から、どうしても「乗れない」のだな、と。
ちなみに、その年のDeNAの公式戦のスケジュールでは、どうしても飛行機移動じゃないと無理、というのは、この沖縄遠征くらいだったようです。
うーむ、こういうのは、もうどうしようもないだろうな。
恐怖症っていうのは、すぐに克服できるようなものじゃないし。
グリエル選手が日本でのプレーを選択したのには(国と国との関係上、メジャーリーグに行くのは難しいとしても)こういう「あまり飛行機に乗らなくてもすむ」というのもあったのかもしれませんね。


屈強なスポーツ選手でも、大部分の人からは共感されづらいような「恐怖症」を抱えていることはあるのです。
そういうのって、本人にしかわからない。
それを、「自分基準」で、切り捨てたり、「なんで飛行機に乗れないの?プロスポーツ選手なんだろ?」と責めてはいけないと思う。
さすがに「乗り物全般恐怖症で、遠征には全く行けません」というのなら、プロスポーツ選手としてやっていくのは難しいだろうけどさ。


この参考リンク(1)の事例、ネットでのやりとりに慣れてしまった僕にとっては「ありがちなこと」であり、「そういうことができるサービスなんだから、ちょっと気持ち悪いけど、いちいち気にしていてもしょうがない」という感じです。
でも、彼女にとっては、たぶん、そうじゃなかった。


普段、LINEや知り合いどうしを中心にTwitterを使っている人にとっては「知らない人が、自分にマーキングしている」というのは、「なんか不気味」なはずです。
Twitterというのは、世界に発信しているのだから」
「『はてな』っていうネット企業に勤めているんだから、そのくらいのネットリテラシーは、あって当然だろ」
というのは、ネット慣れしている人間からみた「正論」なんだろうけど、彼女が「なんであの呟きに、知らない人がブックマークするの?」って、思うのもわかる。
Twitterって基本的に「フロー型」(リアルタイムに発言し、その場で流れていってしまう)なので、時間が経ってから発言にマーキングされることの「理由」も考えてしまいますし。


僕は、自分が「ひとけのない夜道で、女性の後ろを微妙な距離で歩いていること」に対して、恐怖を抱くことはありません。
でも、相手の女性はどうか。
そういう状況を「怖い」と感じている場合も、少なくないはず。


あれこれ想像しはじめたら、キリがないこと、ではあります。
とはいえ、もう少し「他人の基準」に寛容であっても良いはずです。
「ネットでマーキングされること」への恐怖感は、人それぞれなのだと思うし、自分にとっては「そのくらいのこと」であっても、人によっては「ストーキングされているのではないか」と不安になることもあるのでしょう。


オフィスで同僚に「ねえ、こんな昔の発言にブックマークされていて、なんか不気味なんだよね……なんとかできないかな」と相談されたとして、自分にそれをすぐに解決する手段があれば、「ああ、じゃあ、消しときますよ」ってやっちゃうほうが「普通」じゃないのかなあ。
「身内ばかり優遇しやがって!」っていう気持ちはわかるんだけれど、そこで「じゃあ、順番に沿って処理しますから、クレーム担当者にメール書いてください」って言うような同僚って、そんな職場って、働きやすい環境とは思えない。
こういうのは程度問題で、この事例は、現場の人間関係を円滑にするにはやむをえない程度の「ズル」なんじゃないかな。
多くの企業で採用されている「社員価格」だって「不公平」ではあるわけだし。


今回の件については、いまの僕の判断基準でも「ブックマークされただけでここまでやるのは、過剰な反応なのではないか、担当者は、消すよりも、彼女に説明してあげるべきだったのではないか」とは思うんですけどね。
実際は「こういうこともある、というのを説明された上での削除希望」だったのだろうか。


ただ、これを機に、『はてな』の内部の人たちには、「ネットとはこうあるべき」とか「自浄作用に任せる」という自分たちの基準が、必ずしも万人に当てはまるようなものではない、ということを、あらためて考えてもらいたいのです。
「ネットの向こうのユーザーの悲鳴」をいくらメールで読んでも、実感がわかずに、切り捨ててきたかもしれないけれど、目の前のひとりの「身内」が困惑している姿には、放っておけなかった。
それは、理解できる。
でもね、サポートにメールで対応を頼んできたユーザーには、もっともっと、苦しんでいる人だっているはずです。
それが「見えていなかった」だけで。


僕は、今回の対応って、大きな転換期だと思うんですよ。
一度こういう対応をしたことが公になれば、これよりも酷い事例に対して、「ネットのあるべき姿」を盾にして、無視することができなくなるはずだから。