いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「知らない」で繋がっていく世界

参考リンク:「で、誰?」「知らない」というコメントが全く理解できない - K Diary


たしかに、僕もこれ、理解できないなあ。
そもそも、このコメントは、誰に向けてのものなのか?
自分自身への付箋のようなもの、ではなさそうだし。
読んでいる人に「後藤まりこを知らない自分」をアピールしたいのか、それに何の意味があるのか?
それとも、これを読んでいるかもしれない、後藤さん自身や関係者に「お前なんか知らねーよ」「ネット使って宣伝するんじゃねーよ」と抗議したいのだろうか。
みんなが知っているはずものを「知らないよ!」っていうのは、「体制への反抗」みたいな格好良さがありそうだけれども、後藤まりこさんって、「日本人ならみんな知っている」というほどの知名度ではないのは、ファンだってわかっているだろうし。


僕が学生時代(もう20年以上前になるんだけど)の友人とのコミュニケーションって、「ねえ、これ知ってる?」で、はじまっていたような記憶があるんですよ。
そこで相手が「知ってる知ってる!」か、「えっ、知らないけど、教えて!」か、いずれかの反応を示すことによって、話が繋がっていくのです。
当時は「知らないことでも、知っているフリをしないと恥ずかしい」なんていう気持ちがあって、よくわからないのに「ああ、アレね」なんて、知らないことを悟られないように話をあわせようとしていたものです。


いまは、学校とかでは、どうなのかな。
後藤まりこって、知らないよねー」
「うん、知らない知らない」
「あれ、ステマじゃねー」


そんな会話が普通なのかなあ。


「なぜ目の前に『Yahoo!』のサイトがあるのに、検索しないんだ?」
その疑問は、よくわかります。
というか、彼らだってそんなこと百も承知のはずで、あえて検索せずに「知らねー」って言っているんですよね。
これって、もしかしたら、今の時代は「知らないこと」こそが個性であり、自分をアピールするポイントになっている、ということなのかもしれません。
むしろ「知っていること」のほうが、簡単なんだよ、オレはステマに流されて、検索なんかしてやらないぜ、っていう。
この時代に、誰かに「知らねーよ」って言い放つことは「お前になんか興味ないんだよ。ちょっと検索すればわかるんだけど、わざわざ検索する手間さえもったいない」という嫌悪感の表明でもあります。
よく知りもしない人を、なんでそんなに嫌いになれるのか、それもよくわからないのですが。


僕の実感として「目の前のパソコンやスマートフォンで検索すれば良いことなのに、検索すらしないで『わからない』『知らない』と言う『めんどくさがり』の人は、世の中に少なくない」というのもあるんですけどね。


「知っていること」を語るリスクっていうのは、ネットをやっていると、とくに感じます。
「知っていること」を語ると、「そんなことしか知らないのか!」「それは、どこそこが間違っている」「上から目線で感じ悪い」「素人は引っ込んでろ」みたいな罵声が飛んでくることが少なくありません。
ところが「知らない」は無敵です。
「知らなくて当然だろ」というスタンスをとっている人に対しては、「いやそのくらいは知っているのが当然だろ」というような批判しかできないんですよね。
でも、それに対しては「それはお前だけの常識だろ」という定番の返し技があります。
処世術としては「知らない」をアピールしたほうが、はるかにラクだし、強いように見えます。
そして、「知らない」と言われて傷ついているアーティストやファンを想像し、ニヤニヤしながら「イイネ!」をクリックする人もいるのです。


ただし、「知らない人」が強くみえるのは、あくまでも表面上だけのことで、多くの人は、id:xKxAxKxさんと同じように、「なんでこの人、大威張りで『知らない』って言っているんだろう?」って首をかしげているのではないかと思うんですよね。


少しでも知ろうとするよりも、「知らねーよ」とアピールしたほうが、支持されてしまっている(ように見える)ネット文化が、僕は嫌いです。
でもまあ、これが宣伝色の強い記事だと感じる人が多いのもわかるので、反発が出るのもわかるんですけどね。
ただ、そこで「宣伝だろ!」じゃなくて、「(お前なんて)知らねーよ」という、より無敵度が強い言葉を使うメンタリティは、やっぱり好きになれません。


ネット上の意見に対する賛否を考えるとき、僕はいつも気をつけています。
悪口や過激な意見は「イイネ!」や「はてなスター」を集めやすいように見えるけれど、大部分のネットユーザーは、見知らぬ人のコメントに、そんなに興味はないのです。


どんなに熱い論争が繰り広げられているように見えても、ほとんどの場合、最多数派は「イイネ!」でも、「ダメ!」でもなく、「ドウデモイイ」なんですよ、たぶん。