いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

人は「はてな」を楽しむためだけに、生きているわけではないのです。

最近の「はてなダイアリー」や「はてなブックマーク」がつまらない、と言いたくなる気持ちはわかる、よくわかります。
僕も「おすすめブログ」とかクリックして、ムキーッってなることがありますしね。
ライフハックが本当に役立つんだったら、もっと世の中の人はみんな幸せになっているはずだろう、と。
ああいうのは、大部分の人にとっては実行不可能なことを、読んだだけでできるような気分になるだけの話なんですよね。
ネットにどっぷり10年浸かっていると、「ああこのライフハックを見るのは、もう5周目だ……」と、『エヴァンゲリオン新劇場版』の『Q』を観たあとのような、どんより感。
ああ、海が青い。


まあ、僕自身も「つまらない『はてな』」の構成員の一人なので、偉そうなことは何も申し上げられません。
ただ、「昔の『はてな』はよかった」かというと、あの殺伐とした雰囲気は、観ている側、責めている側からすれば「よかった」のかもしれませんが、責められる側からすれば、「なんだこの居場所の無さは……」という感じだったので、今はけっこう快適です。
10年やってりゃ、「鈍感力」も磨かれます。


で、「最近の『はてな』は面白くない」というのは、たぶん、昔から「はてな」をやっている人にとっては、事実だと思うんですよ。
その理由のひとつとして僕が考えているのは、要するに「ブログを読むという行為のハードルが下がっているのに、書く人の顔ぶれは変わらないし、多くの人はSNSとかに行ってしまっている」ということ。


10年前、みんなもうあんまり覚えていないかもしれないけれども、いわゆる「ガラケー」を使っていた時代には、出先でブログを読むのは、けっこうハードルが高かったのです。
そりゃ、ドコモのiモードと今のスマートフォンを比べれば、通信速度や見やすさが違いすぎる。


ブログは主に自宅でのわずかな自由時間や仕事の休憩時間にだけ、パソコンの前に座って、読めるものでした。
ところがいまは、スマホがあるから、移動中や、トイレでも、簡単にブログが読める。
好きな人にとって、「読める時間」は多くなったのに、提供されるコンテンツは、そんなに増えてはいない。
で、結果的に「読んでみるハードル」が下がり、「あまり面白くなさそうだと思いつつ、つい読んでしまって、イライラする」というパターンに陥ってしまうわけです。
いまの「はてなブログ」をみていると、「需要のわりに、供給過小」な感じはするんですよね。
ブログを読みたい人に対して、ブログを書きたい人、書いている人は少ない。
ずっと書いている人も、多少は「マンネリ化」してしまうのは避けられない。
スマートフォンの隆盛で、「ちょっとした時間にブログを読むという選択をする人」が増えていることに対して、コンテンツの供給が追いついていない、ということなのかもしれません。
電子書籍を読めるほどまとまった時間はないし、ソーシャルゲームにお金は使いたくない、という人にとっては、個人ブログを読むというのは、お金がかからず、スキマ時間を埋めるにはちょうどいい。
はてなブログ」が、これまでのブログサービスに比べて、インフレ的なアクセス数がもたらされやすくなっている理由のひとつには、こういう背景があるのだと思います。


これはもう、ネット依存症の僕が自省をこめて申し上げるのですが、「『はてな』が面白くない」と感じたときは、ネットにハマりすぎている状態なんじゃないか、と思うんですよ。
どんなに「はてな」がつまらなくても、1週間ほど、ネットがつながらない世界(っていうのが、よほどの秘境か刑務所くらいしか、すぐには思いつかないところが怖い世の中ですね)に行って帰ってくれば、けっこう「はてな」は面白く感じられるのではないでしょうか。
僕も以前、海外旅行から帰ってきたときには、「ああ、ネットって新鮮だ!」と思いましたから。
ずっと張り付いていて、リロードしながら「面白いブログはねえかあ!」とディスプレイを睨みつけていれば、そりゃ地雷も踏みやすいだろうし、気に入らなければ腹も立つ。


僕は「K−1の法則」というのを提唱しています。
あるマイナーなコンテンツがメジャーになると、新しい才能がたくさんあらわれて初期メンバーは駆逐されそうな気がするけれど、案外そうはならず、「やりたい人、その分野で才能を発揮できるような人は、たいがい初期にはじめてしまっているものだということがわかる」というものです。
もちろん、新星も出てはくるのですが、期待されたほどの数や質ではありません。
結局、「なんか代わり映えしないメンバー」が、ずっと決勝トーナメントの枠を占めることになる。


はてな」がつまらないと感じたときには、ネットから離れてみることをおすすめします。
映画を観に行ってもいいし、本を読んでもいいし、近所を散歩してみてもいいし、スポーツ観戦をしてみてもいい。昼寝したっていい。
同じところをグルグル回っているものを、じっと見つめていれば、誰だって疲れます。
で、もっと面白いものが見つかったら、ネットからは離れてしまってもいい。
人は「はてな」を楽しむためだけに、生きているわけではないのです。


ネットには、いろいろなものがある、なんでもある、ような気がするけれど、ひとりの人間の興味が向く範囲というのはそんなに広くはありません。
どんなに海が広くても、泳げる範囲には限界があります。


僕が2008年に書いた「(ネット依存症者のための)ネットで時間を浪費しないための十ヶ条 」というのがあります。

(1)パソコンの電源はこまめに落とす。
(2)朝起きたときは、パソコンの電源を入れる前に、顔を洗って歯を磨く。
(3)家に帰ったときは、パソコンを立ち上げる前に、まず風呂に入る。
(4)「2ちゃんねる」のスレッドを読むのは致し方ないが、「新着レスの表示」はクリックするな。
(5)自分の「はてなアンテナ」を25時以降はチェックしない。
(6)他の人のエントリの「ブックマークコメント」は読まない(自分のも読まないのがベターだが……)
(7)「まとめサイト」は見ない。
(8)IEの「更新」ボタンは、無いものと思え。
(9)長文コメントは基本的にスルー。
(10)一度「寝る」と決めたら、どんなに寝付けなくてもネット以外のことをしろ。


 ここから6年経って、スマートフォン時代になりました。
「電源を切る」「物理的にネットから離れる」というのは難しくなっており、依存症から、さらに脱出しづらくなっているのです。
「つまらない」と思えるのは、たぶん、「心身が『はてな』から、ネットから離れることを欲していることのサイン」なんですよ。


 「たぶん不快になるであろうものを見ずにはいられなくて、やっぱり不快になって八つ当たりしたくなる」っていうのは、僕自身も10年改善できていない、悪い習慣です。
 だから、わかる。痛いほどわかる。
 だからこそ、小さくでもいいから、風穴をあけたい。


 スマホを捨てよ、町に出よう。