いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「3ドルをけちった」のではなく、プライドとか、使命感の問題になってしまっていたのかもしれない。


エクアドルでの新婚旅行中、流しのタクシーで襲撃されてしまった夫婦のニュースを耳にしたときには「なんてひどい国だ……」と、憤りを感じたんですよね。
そして、「わざわざそんな治安の悪い国に、新婚旅行へ行かなくても……」と。


続報では、発生当時の状況なども伝えられ、僕のtwitteのタイムライン上でも、さまざまな反応がみられました。
同じ距離(1kmくらいだったそうです)でも、ホテル専属のタクシーだと、20ドル、ホテルに戻る際に、レストランが準備してくれたタクシーなら、3ドル。
(ちなみに、エクアドルの通貨はUSドルなのだそうです。2014年1月12日のレートでは、1ドル=103〜104円くらい)
流しのタクシーだと、いくらくらいになるのかはわかりませんでしたが、まあ、3ドルよりは安いはずです。
「たかが3ドルをケチって、こんな目にあうなんて……」という反応も、少なからず見かけました。
この結果を考えると、そう言いたくなりますよね、どうしても。
命の値段と考えれば、20ドルでも、100ドルでも、1000ドルだって安かったはずなのに。


でも、S.Umezawaさんのこのツイートを読んで、僕はあの事件の原因は「被害者がお金をケチったこと」ではなくて、「被害者が旅慣れていたこと」だったのではないかと思えてきたのです。


僕自身は日本にいるときだって知らない人と接触するのは極力避けたいほうなので、バックパックを背負っての貧乏旅行なんて考えたこともありません。
ただ、そういう旅をしている、あるいはしてきた人が書いた文章を読むのは、けっこう好きで、いろいろ読んできたのです。


「エキゾティカ」(中島らも著・双葉文庫)より抜粋。

 道で待っていると黄色いタクシーがやってきて止まった。くみこはすぐには乗り込まない。運転手と交渉する。


「60ルピーズ」「ノー、ノー、20ルピーズ」


(中略)


 結局のところ、40ルピーあたりに落ち着くのだが、こういった交渉はインドにいる間ことあるごとに起こった。わたしはタクシーに揺られている間、くみこに尋ねてみた。
「60ルピーっていったら180円じゃないか。それをどうしてあんなに必死で値切るの?」
「それは、ひとつにはくやしいからです。インド人は、こっちが日本人だと見るとふっかけてきます。それをいいなりに払うのがくやしいんです。それと、われわれが言い値で払っていると、後からインドにやってくる旅行者に迷惑をかけることになります。日本人は言い値を払うという認識がインド人の側にできてしまいますから。だから値切るのはひとつのエチケットなんです」
 なるほど、とわたしは思った。そしてその値切る癖は、すぐにわたしの身についてしまった。

 
 これは小説なので、「体験談」ではありませんが、らもさんの実体験が反映されていると考えられますし、その他の海外旅行のベテランたちが途上国を旅したときのエッセイには、必ずといっていいほど「観光客はぼったくられる(現地の人に比べて、不当に高い報酬を要求される)ので、言い値を払わずに値切る」話が出てきます。
 もちろん、バックパッカーの場合は「お金がないから値切る」という面もあるのでしょうが、僕は昔から疑問だったんですよね。
 仮に180円が60円になったとしても、「値切る」という行為に使う時間のほうがもったいないんじゃないの?って。
 どっちにしてもたいした金額じゃないんだから、さっさと180円払ったほうが得なのでは?


 まあなんというか、こういうのって「金額の問題」だけじゃないのだろうな、と。
 エクアドルで襲撃された夫妻も、一流ホテルに宿泊していますから、お金が無いわけではなかったはず。
 20ドルは高いと思ったかもしれないけれど、3ドルなら、むしろ「良心的」じゃないのかとすら思います。
 それでも、旅慣れていて、「現地のレート」を知っているからこそ、納得できなかったのかな、と。


 そのとき、まさに「魔が差した」としか言いようがないのだけれど、「3ドルをけちった」というよりは、「観光客ということで、ナメられている」あるいは「自分が言い値で払ったら、このあと来る観光客のためにならない」というようなプライドとか使命感の問題になってしまっていたのではないか、と。


 「タクシー代をけちって、こんな目に遭うなんて……」と言う人がいる一方で、20ドルのタクシーに乗って無事に帰ってくれば「そんなふうに言いなりになるから、日本人はみんなぼったくられているんだ。もっと安いタクシーもあるのにねえ」なんて言う人もいるはず。


 「流しのタクシーは危険」という情報もあったはずなのですが、これまで、いろんな国を旅して生き延びてきた人であれば、「実際はそんなに危ないものじゃないし」というような自信というか油断もあったのかもしれません。

 
 めいろまさんのツイートは、まさに「正論」ではあるのですが、被害者はたぶん、「けちった」わけじゃなくて、「旅慣れているからこそ、我慢ならなかった、あるいは、油断してしまった」ような気がします。
 むしろ、僕のような旅慣れない人間であれば、旅行会社やホテルの言いなりになって、「金はかかるけど、安全な旅」をしていたのではないでしょうか。


 じゃあ、とにかく旅行会社やホテルや現地の人の言いなりに「観光客価格」で旅をするのが正しいのか?とも思うんですよね。
 多くの日本人にとっては「60円も180円も、たいして違いはない」のだけれど、「金額だけの問題じゃない面がある」からこそ難しい。
 「お大名ツアーは、性に合わない」という人もいるでしょうし。


 「お金をけちったから」というより、「旅行者としての自分の経験を過信しすぎていた」ことが、こんな悲劇を生んだひとつの要因ではないか、と僕は思います。
 もちろん悪いのは加害者なのですけど。

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