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いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

人生は、必ず「やりかけ」で終わってしまうものだから。

人生というのは、誰にとっても、いつ、どんなタイミングで終わったとしても「やりかけ」になってしまうものだ。


最近、一冊の本のことを、よく思いだす。
僕は、一度も読んだことがない。
というか、あれこれ思いだしてしまうのが怖くて、読むことができない。


もう、20年近く前の話だ。
当時、僕の母親は重い病で入院していた。
治る可能性が限りなく低く、病勢はどんどん進行していった。
家族の一員としての立場と、医療の世界にいる人間としての客観的な状況認識のあいだで、なんだかとてもいたたまれない日々を過ごしていたような気がする。
忘れてしまったのか、忘れてしまいたいのか、詳細は、もうあまり覚えていないのだけれども。


病床で、母親は僕に、ひとつの頼みごとをしてきた。
「このあいだ、テレビで紹介されていた本を読みたい。『いしのなんとか』というような題名だったと思うのだけれども……それが面白そうだったから」


母は、あまり他人に頼み事をしない人だった。
何かつらいことがあっても「がんばるしかないねえ」が口癖だった。
病床にあっても、留守中の家の心配ばかりしていた。


考えてみれば、僕の両親は、あまり本を読む人ではなかった。
父親は、ガンガン働き、仕事を終えたら仲間と酒を飲みに行き、遅い時間に酔っぱらって帰ってきた。
玄関から父親の声が聞こえてくると、僕たちはあわてて電気を消して布団をかぶり、寝たふりをしていたものだ。
父親は家にいるとき、テレビを観て、ときどき医者向けの雑誌をパラパラとめくっていた。
医者向けの雑誌といっても、英語の論文が乗っているようなものではなくて、もっと俗っぽいというか「眼科医募集、年収1200万円より」というような「求人情報」がたくさん載っているような本だった。
「病院を継いでくれる男性医師募集。当方娘あり」みたいな「求人」があって、「何時代だそれは?」と思った記憶もある。


母親も、多めの子どもを抱えていたこともあり、日常に追われていた。
いつも何か家事をしていて、僕がカープの応援で声を嗄らしている横で、ときどき「でも、長嶋さんは別格なのよねえ」などと呟いていた。
雑誌はときどき手にとっていたのだけれど、小説を読んでいるのは、見た記憶がない。


そんなことを思い返してみると、なぜ僕はこんなに本を読む人生をおくることになってしまったのだろう?とか考えてしまうところもある。
ただ、両親とも、僕が本を読む子どもであることには、好感を抱いてはくれていたのだろうと思う。
本を読むと頭が良くなる、という思い込みと、自分たちが子どもの頃に本が自由に読めるほど豊かではなかったことの反動と。
僕はむしろ「友達とうまく話すそうとするのが面倒だから、休み時間に本を読んでいるような子ども」でしかなかったのだけれども。


そんな母親が、僕に「本を探してきてほしい」と言ってきたのだ。
なんとかして探したい、と思った。
でも、当時の僕は文芸書、とくに日本の現代文学には疎く、地元には大きな書店もなかった。
そして、「いしのなんとか」という書名は、あまりにもヒントが少なかった。
今から考えると、テレビで紹介されているような「話題書」であれば、そのまま書店員さんにぶつけてみればよかったのかもしれない。
「いしのなんとかって、テレビでやっていた本、なんですけど……」と訊ねれば、何人かのうちのひとりくらいは「正解」にたどり着いてくれたはずだ。
しかし、当時の僕は、自力で何軒か書店を探した後、その本のことは「先送り」にしてしまった。
「いしのなんとか」なんていう中途半端な訊ね方をするのが、なんとなく気恥ずかしくもあったりして。
まあ、そのうち見つかるんじゃないかな、なんて思いながら。


母は、その1週間後くらいに、意識がなくなり、そのまま亡くなった。
その本、『石の来歴』を手にとることもないままに。


子どもとして、いろいろ後悔していることはある。
でも、あれからかなりの時間が経って、いま、いちばんに思いだすのは「あのとき、なんとかしてあの本を届けるべきだったのに」ということなのだ。
「なんで、店員さんに訊ねなかったのか」とも思うし、当時の僕に、いまの僕の読書傾向と知識があれば、芥川賞を獲ったこの作品は「いしのなんとか」でも、「ああ、あれか」とすぐにわかったはずなのに。
あの頃に、Amazonがあれば、ネットがあれば。


そう考えていくと、ネットというのは、本当に素晴らしいものだと思う。
いろんな問題を生んでもいるけれど、少なくとも、ひとりの人間がすぐに利用できる知識の量が、メガビットから、ギガバイトになったくらいの劇的な変化を世界にもたらしたのは事実だろう。


『ファンボーイズ』という映画がある。

ファンボーイズ [DVD]

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[ストーリー]
世界中の『スター・ウォーズ』ファン達が、待望の新作『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』の公開を待ちわびていた1998年。
高校時代からの仲間である『スター・ウォーズ』オタクのエリック(サム・ハンティントン)たちは、
「死ぬ前に『エピソード1』を見たい」と願う末期ガンで余命わずかのライナス(クリス・マークエット)の願いを叶えるため、
ジョージ・ルーカスの本拠地であるスカイウォーカーランチに侵入し『エピソード1』のフィルムを盗みだし、
世界で最初に見たファンとなり歴史に名を刻もうと、車でアメリカ横断の旅に出る。


しかし、彼らの行く手には、対立するトレッキー軍団、そしてカーク船長こと、あのウィリアム・シャトナーとの遭遇など様々な困難が待ち受けていた・・・。
果たして彼らはいくつもの試練を乗り越え、『エピソード1』を見ることができるのか!?


僕はこの映画を観て、あらためて感じた。
どんな人生も、結局のところ、何かをやりのこしてしまうものなのだ、と。
スター・ウォーズ』でいえば、『帝国の逆襲』を観て、氷漬けになったハン=ソロのことが気になってしかたがないのに、『ジェダイの帰還』を観ることなく亡くなった人も、少なからずいたはずだ。
今でいえば『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』のひとまずの終幕を観ることができずに生命を終えてしまう人もいる、必ずいる。
もちろん、もっと切実なところで、子どもの成長した姿だったり、自分のやりかけの仕事の「結末」を観ることができない人もいる、大勢いる。


その「順番」は、いつか僕にもやってくる。
ネットを長年やっていると、ほとんど毎日更新されていたのに、突然音信不通になってしまうサイトやブログを見かけることがある。
単に気乗りしなくなっただけのことも多いのだろうが、命の終焉により、思いがけず終わってしまった場合もあるはずだ。
そして、僕自身も、いつか、誰かにとっての「その人」になる。


何か教訓めいたものを書こうと思ったのだが、うまく言おうとすればするほど嘘になっていくような気がするので、やめておくことにする。
口だけがどんどん達者になっていく息子をみていると、なんだか昔の自分をみているようで、こんな親の子でごめんな、という申し訳ない気持ちと、もうしばらくはがんばらなくては、という気持ちが入り混じる。
「パパはまた本ばっかり読んでいる」と嘆く息子をみて、両親が生きていたら、どんな顔をしただろう?とか想像してみたりもする。
そういうときの想像上の両親は、いつも、「この子はお前そっくりだよ、ほんと、お前もめんどくさい子だったんだから!」と笑顔をみせてくれる。
僕が年を重ねるほど、僕の心のなかにいる人たちは、よく笑うようになった。


僕はこうしてパソコンに向かって何かを書いていくことが好きだし、人生のなかで、大事な時間のひとつだ。
最近とくに、そう思えるようになったし、それを口に出しても良い気がしてきた。
人間というのは、誰もが「やりかけ」で退場していく。
でも、そんな「やりかけ」どうしだからこそ、少しずつ支え合っていけるのかもしれない。


できれば、僕がこうして世界の片隅で書き続けている駄文が、僕にとっての『石の来歴』を誰かが見つける手がかりになってくれればいいなあ、と願っている。



今日は、母の命日です。
なんだか湿っぽくなってしまって、すみませんでした。