いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「性」と「なりすまし」と「自業自得」

参考リンク:炎上ロッテ選手に“なりすました男”との一問一答 | 東スポWeb – 東京スポーツ新聞社


この「なりすまし」が本当に事実なのかどうか、という疑念もあるのですが、実際のところは僕にはなんとも言えないので保留にしておきます。
ただ、このインタビューを読んでいて、どうしても気になるところがあって。
それは、この「管理者」との以下のやりとりです。

――何の件について自業自得だと感想を述べたのか


管理者:結果的に命を奪われてしまったことに対して(自業自得と)思われていると思うんですが少なからず三鷹の事件に関して私が暗に指摘したのは亡くなられてしまわれたことではなく結果的に画像が、言葉は悪いですが流出してしまったことに対して。結果的にあんな行為をしなければ画像が流れることはなかっただろうということに対してです。


 ――自業自得とは結果論につながるのでは


管理者:画像が流出してしまったことに対して自業自得だよねという気持ちに対してです。


「画像流出に関しては、自業自得」か……
僕自身は、その画像(映像)を見ていないのですが、ネットで間接的に聞いた情報によると、少なくとも「嫌がるのを強制的に撮影されたようなものではない」みたいですね。
16歳なのに、そんなのを撮らせるなんて、脇が甘すぎる。
そもそも、16歳が「そんなこと」をしている時点で「ビッチ」だろ……


40過ぎたオッサンとしては、そう言いたくなるのも、わからなくはないです。
僕は娘がいませんが、自分の娘だったらと想像するだけで、いたたまれなくなります。
なんでそんな男に引っかかってしまったんだ……とか。


ただ、「自業自得」だと被害者を責める気にもなれないんですよ。
「性に関する行為」って、ものすごくプライベートなものであり、また、人によって違うものじゃないですか。
世の中には自分たちの行為を写真や映像にのこして、それを所有したり、他人に見せることで快感を得る人たちもいます。
19歳と16歳の「行為」なんていうのは、「あるべきではない」けれども、それがいまの若者たちの間では、珍しいことではない、というのは、多くの人が認識しているはず。
そして、行為がなされている最中に、どちらかが(主に男性側でしょうけど)「写真撮るよ」とか「録画するよ」って申し出てきた場合、相手は「写真なんて撮らないで!」と、それまでベタベタしていた態度を急変させ、拒否できるかどうか。
その行為に没入していれば、なかなか難しいのではなかろうか。

「まだ若いんだから、先のことも考えて、いろいろ用心しろよ」と僕も思います。
でもさ、若いからこその無謀さ、とか、好奇心、とか世間知らずな面っていうのもある。
人によっても違うだろうけど、そのくらいの時期に、特定の異性と付き合っていて、「この人はストーカーになるかも」とか想像できるだろうか?
「この人が、世界のすべて」みたいな感じで、相手の言いなりになってしまうのもまた、恋愛ってものではなかろうか。
この「自業自得」の陰に、何千倍、何万倍もの「結果的に流出しなかった、行為の画像や映像」が撮影されている。

大人の場合は、そこまで含めて「行為」だという考え方の人もいるでしょう。
「でも、若い人たちは、面白半分でも、そんなことをやってはダメだよ」と言いたいけれど、それは果たして、「その場で、そういう雰囲気になっているふたり」に実効性があるのかどうか。
「若いのに、そんなことするなよ」と言われるけれども、「若いからこそ、やってしまった」面は確実にあるわけで。
相手の男もまた、若かった。そして、歪んでしまった。


こういうのって、「簡単に携帯電話で写真や動画まで撮れるようになり、それを若い子が持ち歩けるようになった時代の罪」みたいなものなのかな、と思うのです。
僕だって、しかるべきに、そういう道具を所有していれば「絶対にやらなかった」と言い切る自信はない。
少なくとも、被害者を「自業自得だ」と責められるほど、正解ばかりを選んできたわけではない。


ただ、こうやって「自業自得だ」と声高に叫ぶ人がいることが、圧力になって、「将来の被害者を減らすための啓蒙」になっている、という可能性もあるんだよね……
あんな事件もあったし、撮らないで!って。
そんな「理性」も、その場になったら、けっこうアッサリと吹き飛んでしまうものかもしれないけれど……


「性」って、どうしようもないな、と思う。
でも、そのどうしようもないものは、今もここにあって、世界中の人々が、そうと知りながら、どうしようもないことに溺れている。

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