いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

『かとゆー家断絶』さんと「ニュースサイトの時代」

参考リンク:かとゆー家断絶(2013年7月15日)


ああ、かとゆー家さんも(ニュースサイトとしては)更新終了か……
『READ ME!』『日記才人』『テキスト庵』など、ブログ以前からネットの「テキスト界」を支えてきたサイト、その中でも最も影響力があったサイトのひとつだったのに。


思いだしてみると、10年くらい前にはじめて採り上げてもらったときには、あまりに大勢の人が押し寄せてくるのに驚いて、数秒おいてはリロードし、カウンターが回るのをみて喜んだ記憶があります。
弱小サイト管理人にとっては、それはもう、夢みたいな現象で。
あのときは、その記事に一日で6〜7万くらいのアクセスがあったはず。
『かとゆー家』さんに採り上げられると、『かとゆー家』さん経由、ということでその他の中堅ニュースサイトにも拡散していき、しばらく人気記事でありつづけることができたんですよね。
これは、『ニュースサイト御三家』『KKG』と称された『かーずSP』『ゴルゴ31』さんでも同じでした。

当時の『御三家』の影響力は凄かったのですが、中堅以下のニュースサイトの多くは「大手が拾ってきたネタを選別して再紹介する」という形で運営されていたのに対して、「御三家」は、自ら巡回し、新しいサイトを発掘していたのが印象的でした。
人気ニュースサイトは、たぶん、人気であり続けるため、そこでしか読めない文章を紹介するための努力もしていたのです。
僕みたいに、『KKG』がきっかけで多くの人に認知されたり、人に読んでもらう楽しさに目覚めたサイト運営者も、少なからずいたはずです。

しかしながら、その一方で、『御三家』の影響力の強さというのは、ある意味「テキストサイトの内容を、結果的に狭めてしまった」面もあるのかもしれません。
まずは「巡回リストに入れてもらう」のが難しいのですが、そうやって、何度か採り上げられていくうちに「こういうネタなら、『KKG』が紹介してくれるんじゃないか?」という色気が出てきたりもするんですよね。
アニメとかゲーム、いわゆる「オタク関連」のネタが、テキストサイトの「共通言語」となっていったのは、「もともとネット好きの人たちとの共通項が多かった」のか、「そのほうが大勢の人に来てもらえるので、結果的にそちらに流れていく人が多かった」のか?


もちろん、KKGの嗜好だけが、ネット文化の方向性を決めたわけではないと思うのですが、かなりの影響はあったのではないでしょうか。
それが良かったのか悪かったのか、僕にはわからないけれども。
そういった影響力も、ブログ全盛になってからは、以前ほどではなくなってしまったのですけどね。
それでも、個人サイトの黎明期において、日本のネット文化の黎明期においてのKKGの役割は今後も語り継がれることでしょう。


しかし、ニュースサイトの影響力が弱くなってから、「他者にケンカを売ったり、炎上で注目を集める」という方法以外で、新しいサイトやブログが注目を集めるのが、さらに難しくなったような気がします。
ニュースサイトには「その巡回先に入れるかどうか」での「格差」がありましたが、今は、その時代以上に、正攻法(面白い文章を書くこと)での新規参入が難しい。
「若手の登竜門としてのニュースサイト」みたいなものが、今、あらためて必要とされているのかもしれません(されてないか……)


何はともあれ、『かとゆー家断絶』さん、12年間、おつかれさまでした。
そして、ありがとうございました。

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