いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

ある「移転宣言」への雑感

参考リンク:引っ越します  - 24時間残念営業


残念だ、としか言いようがない話ではあるのだけれども。
ある程度の期間、人気ブログをやっていると、「移転する」というのはそれなりに大きな決断ではあるんですよね。
やっぱり、来る人は減るし、これまでリンクしてもらっていた人には手間をかけるかそのままデッドリンクになるし、アフィリエイトとかやっている人なら、売上だって減る。
本当に「やめる」のならともかく。


ああ、でも僕からみたid:lkhjkljkljdkljlさんって、書いていくうちに、読まれていくうちに自分の中で内圧が上がっていって、どんどんテキストを量産するようになり、それがまた推進力になってさらに書かずにはいられなくなり、そうやっているうちにどこかで臨界点がきて爆発してしまいリセット、というのを繰り返すタイプなのかな、という気がするんですよね。
だから、アンチのことは確かに腹立たしかっただろうけれども、それだけが問題ではないというか、アーティストが定期的に家を引っ越しする、そんな感じなのかもしれないな、ととらえています。
波動砲一発撃ったら、またエネルギー充填するまでに少し時間がかかるタイプ、というか。
で、内圧が下がってきたら、また戻ってきてくれるのではないかなあ。
絶対に「書きたい人」だと思うしね。



「はてな」っていうのはなんというかけっこうめんどくさいところではありますよね。
コメントとかブックマークとか匿名ダイアリーとか。
その一方で、その「おせっかい」というか「重箱の隅をつつきたい体質」みたいなものは、新しく何かをやろうという人々にとっては、プラスになる面も大きい。
僕もいろんなところでブログを書いてみましたが、無名の書き手を無理矢理拾い上げるようなシステムというのは、他のブログサービスにはあまり無いんですよね。
はてなは殺伐としているし、荒らしや粘着対策も甘いのだけれども、チャンスがあるのはある。
って、店長がいきなり有料ブロマガをはじめたり、アメブロで「有名人ブログ」の一員になったりすれば、それはそれで面白いな、という気もしているんですけど。
はてなブログ」も、なんとなく盛り上がらないまま続いているなかで、最大のスターのひとりがこういう形で去ってしまうのは、痛手であることはまちがいありますまい。


でもなあ、他人がどう感じているかなんて、書いているものだけでは、全然わかんないですよね。
僕は店長はああいうのはときどき構ってやりつつ、スルーしているものだと思ってた。
そもそも、店長ほど「はてな」で人を集めていたにもかかわらず愛されていた人は、他にはいなかったのではなかろうか。
バッシング密度が高い僕としては、いいなあ、羨ましいなあ、と感じていました。


「面白いことを書ける感性」っていうのは、「ある種のナイーブさ」であったりもするわけですし、大勢のひとに読まれると、たぶん、小さな流れ弾みたいなのがきたりもしていたんでしょうけどね。傍観者には見えないような形で。


しかしまあなんだ、どうしてネットでものを書いていると、「ネガティブな反応」ばかりを拾い上げてしまうのだろうか。
実際は「黙って毎日読みにきてくれる」というのは、かなり好意的な評価だし、「好き好き」って誰かに言うのって、よっぽどのことだとわかっているはずなのに。
「嫌い嫌い」って言っている人って、だいたい同じような人が、その時々で標的を変えて言ってるだけですしね。
「あなたが嫌い」なのではなくて、「誰かに嫌いって言いたくてしょうがない人の目に留まってしまった」だけ。
「嫌い」って言ってもみんなが「そうだそうだ」って言ってくれる相手なら、誰でもいい。
「嫌い」で結びついた人間関係が、何を生みだすというのだろうか。


個人的には、あの増田に対する最大の復讐は「黙って書き続ける」ことだと思うんですよ。
相手の立場になってみれば「無視される」ことがいちばんつらいはず。
でも、それは「割に合わない」と感じるのも事実です。
向こうは「匿名で、無名で、弱小」だから、何かあったらid消して逃げればいいだけだし。


そんなことは、百も承知の上で、内圧が高まってくると、「やめてやる」と言ってしまうのだろうけど。
それもまあ、「ブロガー」としてのひとつのスタンスでもあり。

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