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いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

「ずっと同じことをやっているのに」の罠

『サブカル・スーパースター鬱伝』のなかで、唐沢俊一さんが「と学会」について、「20年も同じようにトンデモさんをからかい続けるのもけっこう疲れる」(僕の意訳です)というようなことを仰っていたのだけれども、僕はそれを読んで、「唐沢さんの自覚としては『ずっと同じことをやっている』なのだなあ」と思ったのですよ。


ネットでは、ときどき、有名ブロガーや芸能人が無名の人に反論したりリツイートすることに対して「あなたは大手なのだから影響力を考えろ」というような意見をぶつけてくる人がいる。
それに対して、「弱小だろうが大手だろうが、やっていいこと、悪いことは同じはずだ」と考えている人もいる。


僕はずっと後者の考えだったのだけれど(だって、大手の人たちは、影響力を行使できるかわりに、多くの批判を浴びせられるわけだし)、この唐沢さんの話を読んで、「本人にとっては『同じことを続けている』のであっても、やっぱりその人や集団が大きくなってくると、同じモノサシで振る舞ってはいけないのかなあ」という気がしてきました。


本を出す前の、好事家集団として内輪でやっていた「と学会」と、本を出したり、「トリビア」で唐沢さんが有名になってからの「と学会」では、本人たちにとっては「同じこと」でも、槍玉に挙げられた相手への影響は全然違うはずだから。


理念としては、「フォロワーの数で、行動が制限される」というのはおかしなことだと思いますが、現実的には、「周囲から反感を買うリスクもあるし、自分の立場を考えたほうがいい」のでしょうね。


こういうのって、当人にとっては「ずっと同じことをやっているのに、なぜ『影響力』とか言い立てられて批判されるんだ?」っていう気持ちになるものだろうけど。


映画『スパイダーマン』でも「大きな力には、責任が伴う」って言ってたなあ、そういえば。