いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

是枝裕和監督を批判している人たちは、文化庁の助成金を「国家権力からのお恵み」だと思っているのだろうか?


togetter.com


 自分が「距離を置く」と言っている対象からお金をもらっている(らしい)、ということに対して、是枝裕和監督を批判する人がいる、ということなのでしょうけど、僕はこういうネットでの反応をみると、なんでみんなこんなに「電通脳」なんだろう、広告代理店に勤めているわけでもなかろうに、と思うんですよ。
 文化庁助成金って、大元はみんなが納めている「税金」じゃないですか。
 大原則としては、われわれのお金なわけですよ。
 だから、「こんなつまらない映画、あるいは反社会的な映画に俺の金を使うな」というのは理屈として正しいけれど、「助成金をもらっているのだから、政府(=スポンサー)に迎合しろ」というのはおかしい。
 日本では、政府というのは、「自分には関係ない大企業」みたいな存在なのだろうか。


 僕は、クリエイターが権力に迎合するような存在であってほしくないし、そんなプロパガンダ映画は観たくありません。
 とはいえ、映画をつくるのには、お金が必要なわけです。
 いまの映画というのは、ある程度大規模なものになると「製作委員会」というのがメディア関係者やスポンサーを中心につくられることが多くて、主にスポンサーからお金を集めてくることになるのです。また、『この世界の片隅に』のように、クラウドファンディング(不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うこと)を利用している作品もあります。
 で、お金を出してもらうと、それはそれで「制約」は生まれてくるわけです。
魔女の宅急便』には、「クロネコのジジ」が出てくるし、少なくとも、スポンサーの不利益になるような描写は避けられます。
 まあ、そりゃそうだよね。宣伝効果も期待してお金を出す側からすれば。


 文化庁助成金、というシステムのメリットというのは、「お金になりそうもないけれども、文化的、社会的に価値がありそうな作品に資金を提供する」ということです。あるいは、「なるべくスポンサーの顔色をうかがわなくて済むような制作費の割合を増やす」ということ。
 それによって、より多くの人に影響を与えうる、良質の作品を生み出すために存在しているものです。


 ちなみに、いくらくらいもらっているのか、日本の文化庁助成金のシステムはどうなっているのか、というのは、以下の記事が参考になると思います。


www.sanyonews.jp

映画製作への文化庁助成金は従来、製作予算1億円以上の作品には助成金2000万円、予算5000万円以上なら助成金1000万円が、審査を通れば出ますよ、という制度だった。2018年度は新たに、予算1500万円以上の低予算映画でも、助成金500万円を出すべく、文化庁の予算要求がなされていて、あとは予算案成立を待つことになる。


www.cinematoday.jp

「イギリスには『アームズ・レングスの原則』という文化への行政の不介入という考えがあります。つまり『お金は出すけど、口は出さない』という方針なんです。欧州の助成金制度は基本的に同様の考え方で、例えば、仮にフランスのCNC(フランス国立映画センター)から助成金をもらって作られた映画が、完成してみたらすごく痛烈な政権批判の内容だったとしても、一切問題になりません」


この記事のなかで、深田監督は、こう仰ってもいます。

「税金というのは、“お上”から与えられるお金ではありません。私たちが一時的に行政に預けたお金であり、それをどう分配するのかは国民が決めるものです。それを思えば、例えば税金を使って政府を批判することになんら躊躇はいらないことは明白です。文化予算について考えるとき、私たちが説明責任をもって向き合うべきは行政より先に、納税者であり国民です。いかにして映画の公共的な価値に対する理解を国民全体に広めていって、行政に介入されない形で文化予算を確保するのか? 自戒を込めてですが、日本の映画人は、その当事者としての意識が、他の映画先進国に比べると2歩3歩遅れているのかなと思います」


文化庁助成金をもらうことと、いまの政府・政権に迎合することは違う」
 僕がネットでの反応をみていて、「わからんなあ」と思うのは、少なくない数の人が、公権力に対して盲従しない個人を叩く側にまわることなんですよね。
 いつか自分が「弾圧される側」になるのではないか、と想像しないのだろうか?
 

 助成金は「少なくない金額」ではあるけれど、それだけで制作費を賄えるような額でもありません。
 この件についての反応をみていると、どうも「文化庁助成金」というのを「政府お墨付きの権力寄りの映画に与えられる『お恵み』」みたいなものだと思っている人が多いのではないかと感じます。

 
 というわけで、どういう映画が、実際に文化庁助成金をもらっているのかを調べてみました。

文化庁のサイトより)
http://www.ntj.jac.go.jp/assets/files/kikin/gaiyou/bosyu02_hojo_H29.pdf


 平成29年度分では『パンク侍、斬られて候』『ミッドナイトバス』『友罪』『焼肉ドラゴン』『ここは退屈迎えに来て』『素敵なダイナマイトスキャンダル』などが助成金をもらっています。
 もちろん、いかにもアカデミックな作品や文芸ものもあるのですが、『パンク侍、斬られて候』はエンターテインメント色が強そうだし、『友罪』は少年犯罪の加害者の話、『素敵なダイナマイトスキャンダル』は、お母さんが愛人の若い男とダイナマイト心中しちゃう話ですからね。
 けっこう、懐が深い、ともいえるし、何を基準にしているのか、いまひとつよくわからない、という感じもします。
 でも、このくらいの幅があったほうが良いのだろうな、と僕は思います。


 ちなみに、『万引き家族』はヒットしているので、助成金は返還することになりそうです。
togetter.com


 是枝監督だって、助成金がほしくて映画をつくっているわけじゃなくて、多くの人に観てもらえる映画をつくるために助成金が必要だったのだから、これはこれで良かったのではなかろうか。


 『万引き家族』って、タイトルで誤解されているのかもしれないけれど、万引きを肯定しているわけでも、犯罪でつながっている家族を美化している映画でもないですよ。
 ただ、「今の世の中にも、こういう世界で生きている人たちがいる」ということを淡々と描いた映画で、監督自身も正解を持っているわけではなくて、「とりあえず、その事実を知ってほしい」という、ある意味「投げっぱなし」の作品なのです。
「いま、そこにある『不都合な現実』」に対して問題提起をするのが「反政府」「反社会的」なのであれば、それはもう、ジョージ・オーウェルの『1984』の世界です。
 僕は、自分の税金が『万引き家族』の制作に助成金として使われたことに異論はないし、是枝監督が助成金をもらったうえで、「公権力と距離を保つ」と発言したことも支持します。
 何度も言うようですが、助成金は「国家権力からのお恵み」じゃない。というか、そうであってはいけない。
 助成金に関して是枝監督を批判するのであれば、「俺の税金でつまらない映画をつくるな」であるべきだと思うのです。
 

 この騒動、是枝監督は、「新作のネタになるぞ!」って、内心ほくそ笑んでいるような気もするのですけどね。


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fujipon.hatenadiary.com

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